以下、WindowsXP の中で動かしてる Firefox の話。
YouTubeを見ようとしたがウンともスンとも言わない。そんな時は検索なんだけど、firefox youtube と入れようとしたら 見れない なんて言葉が自動的に出て来た。ということは有り勝ちな現象らしい。でも俺は初めてだった。
見れない が出て来た
対策として一番簡単そうなのがこれかな。幸い、この方法でYouTubeを見ることが出来た。手順は以下の通り。
手順-1 firefox のメニューから始まる
手順-2 今すぐ消去をクリック
オマケ!
面白いことを見つける人が居るもんだと感心、してる場合じゃないか。
もしかしてが凄過ぎ
YouTubeを見ようとしたがウンともスンとも言わない。そんな時は検索なんだけど、firefox youtube と入れようとしたら 見れない なんて言葉が自動的に出て来た。ということは有り勝ちな現象らしい。でも俺は初めてだった。
対策として一番簡単そうなのがこれかな。幸い、この方法でYouTubeを見ることが出来た。手順は以下の通り。
オマケ!
面白いことを見つける人が居るもんだと感心、してる場合じゃないか。
時々ヨメは暑いのか寒いのか分らないなどとわけの分らないことを言う。じゃぁ丁度良いんだろうって言うとそうでもないようだ。そんな日がここ1週間ほど続いた。暑いからといって薄着で居ると肌寒かったりした。だいたいもうじき6月だというのに時々炬燵のスイッチを入れてたりしてる。
今朝は雨音で目が覚めたくらい雨がザーザー降った。浅間山はというと雪が真っ白に積もってた。遠くの方に見える北アルプスも真っ白だった。たまたま浅間山を見る機会があったけど、それが無ければ雪が降ったのを知らずに今日を過ごしたかもしれない。
たまには厳粛な気分も良いが、葬式というのは色々と考えさせられる。信じてもない宗教の坊さんだの牧師さんを呼んでやるってのも変なもんだ。もっとも結婚式の時は牧師さんが登場してたな。本物かどうかは知らないけど。
山梨の別荘では葬式は家でやった。1度目は爺さん。まだ小学生だったので大変だったという覚えは無い。2度目は訳アリ大叔父の密葬。まぁ悪口も出たけれど故人を偲ぶという意味ではこのやり方が一番良かった。3度目は婆さんのだ。普通にやったけど、ただひたすら忙しく、お金が右から左に動いて行っただけ。というより香典の半返しをしたら足が出たような気がする。今や香典なんて葬式パーティの費用みたいなもんだ。
この葬式というのにはちょっと理解し難い大金が動く。一番理解し難いのが坊さんへの報酬と戒名代だ。お通夜の時のお経には5万円。まぁそんなもんなのかなぁと思ってると本葬ではなんと20万円だ。しかも僧侶を2人連れて来たのでその人達に都合16万円。本葬のお経だけで36万円だ。そして戒名代80万円には驚いた。更に驚いたのは、こんな非常識なと思って検索したらそうでもなかったのだ。信者という字をつなぐと儲けだなんて出来過ぎた話だ。
大昔、庶民が字もろくに読めなかった頃は坊さんの教養は雲の上だっただろう。だから話を聞くのもそれなりに価値はあった。今じゃ教養の差は無いどころか一般の人の方が上なんてのもざらだろう。税金があまりかからないのを良いことに金儲けに走る坊主の話も良く聞く。立派な寺を見ると檀家は大変だろうなぁと思う今日この頃。そんなこんなで陰でクソ坊主なんて言われてる坊さんにお経読んで貰うなんて真っ平御免。
山梨の別荘では葬式は家でやった。1度目は爺さん。まだ小学生だったので大変だったという覚えは無い。2度目は訳アリ大叔父の密葬。まぁ悪口も出たけれど故人を偲ぶという意味ではこのやり方が一番良かった。3度目は婆さんのだ。普通にやったけど、ただひたすら忙しく、お金が右から左に動いて行っただけ。というより香典の半返しをしたら足が出たような気がする。今や香典なんて葬式パーティの費用みたいなもんだ。
この葬式というのにはちょっと理解し難い大金が動く。一番理解し難いのが坊さんへの報酬と戒名代だ。お通夜の時のお経には5万円。まぁそんなもんなのかなぁと思ってると本葬ではなんと20万円だ。しかも僧侶を2人連れて来たのでその人達に都合16万円。本葬のお経だけで36万円だ。そして戒名代80万円には驚いた。更に驚いたのは、こんな非常識なと思って検索したらそうでもなかったのだ。信者という字をつなぐと儲けだなんて出来過ぎた話だ。
大昔、庶民が字もろくに読めなかった頃は坊さんの教養は雲の上だっただろう。だから話を聞くのもそれなりに価値はあった。今じゃ教養の差は無いどころか一般の人の方が上なんてのもざらだろう。税金があまりかからないのを良いことに金儲けに走る坊主の話も良く聞く。立派な寺を見ると檀家は大変だろうなぁと思う今日この頃。そんなこんなで陰でクソ坊主なんて言われてる坊さんにお経読んで貰うなんて真っ平御免。
5~6年前、口の中を手術した時に鼻が詰まって参った。手術して約1週間後、風呂に入れるようになった時、湯気の中に居ると楽なのが分った。病院の温度はまぁまぁコントロールされてるが湿度は低目というのもその時分った。
そこで加湿器を友達に借りて病室に入れた。そんな経験があるのにヨメ父の痰には全く思いが及ばなかった。ヨメ父は痰が中々切れずに苦労してたんだけど、入院した時に初めて加湿器の事に思い至った。
初めて見舞いに行く途中でヨメが加湿器を買っていくことにした。ところが加湿器は冬の商品らしく中々見つからない。ようやく見つけたら小さなのが1つだけ。そんな風にして手に入れたけど2日目くらいで酸素マスクを付けるようになったので不要となってしまった。
お通夜の時にヨメ父の弟も痰が絡んで困ってるという話を聞いた。じゃぁ使って貰おうということで数日後、持って行った。ヨメ父の弟は横になってる事が多いので小さい加湿器でも顔の近くに置くことで楽になったそうだ。そんな話はその夜、仕事から帰って来た息子からの電話で知った。
そこで加湿器を友達に借りて病室に入れた。そんな経験があるのにヨメ父の痰には全く思いが及ばなかった。ヨメ父は痰が中々切れずに苦労してたんだけど、入院した時に初めて加湿器の事に思い至った。
初めて見舞いに行く途中でヨメが加湿器を買っていくことにした。ところが加湿器は冬の商品らしく中々見つからない。ようやく見つけたら小さなのが1つだけ。そんな風にして手に入れたけど2日目くらいで酸素マスクを付けるようになったので不要となってしまった。
お通夜の時にヨメ父の弟も痰が絡んで困ってるという話を聞いた。じゃぁ使って貰おうということで数日後、持って行った。ヨメ父の弟は横になってる事が多いので小さい加湿器でも顔の近くに置くことで楽になったそうだ。そんな話はその夜、仕事から帰って来た息子からの電話で知った。
ヨメ側の親戚と会う機会は法事の時くらいだから困ったもんだ。ようやく顔と名前が一致するのがまぁ半数。その中にお通夜の時に初めて話をした人が居た。それが痰が絡んで困る叔父の奥さんだ。奥さんと言えば聞こえが良いが立派な婆さんである。
この婆さん、俺と話してる時、別の人と数分挨拶をしてる間にこの俺の事をすっかり忘れてた。こちらに振り向いた時 「 あんたは誰だっけ 」 と言われてしまった。冗談かと思ったけど本当らしい。
翌朝、火葬場で顔を会わせた時は思い出してくれた。でも一生懸命思い出そうとしてたようだ。記憶力はかなり怪しいがそういう努力をすると衰えるスピードを遅く出来るかもしれないと思った。でもそれはやはり難しいようだ。
こんなに記憶力が怪しいのに会話はまともだし冗談も通じる。ボケてるなんて思えないくらいこちらの言ったことに直ぐに応えてくれる。
数日後、加湿器を持って行った時はかろうじてオレサマの事は覚えてた。兎に角加湿器をセットし、30分ほど話をして帰って来た。ところが数時間後にはボッケ家が尋ねたことはすっかり忘れてたのだ。仕事から帰って来た息子がその婆さんから「 今日は誰も来なかった 」 って言われたのだ。加湿器があるから変だなぁと思ったら親父が 「 ヨメ子と旦那が来て… 」 とフォロー。
そんな婆さんだけど日常生活では困らないようだ。過去の記憶はしっかりしてるってことだ。そこでボッケ家に教訓が生まれた。老後にこんな事になった時、せめて昔話を懐かしめるように今のうちに思い出になるような事を沢山して置いた方が良いなぁ、と。
この婆さん、俺と話してる時、別の人と数分挨拶をしてる間にこの俺の事をすっかり忘れてた。こちらに振り向いた時 「 あんたは誰だっけ 」 と言われてしまった。冗談かと思ったけど本当らしい。
翌朝、火葬場で顔を会わせた時は思い出してくれた。でも一生懸命思い出そうとしてたようだ。記憶力はかなり怪しいがそういう努力をすると衰えるスピードを遅く出来るかもしれないと思った。でもそれはやはり難しいようだ。
こんなに記憶力が怪しいのに会話はまともだし冗談も通じる。ボケてるなんて思えないくらいこちらの言ったことに直ぐに応えてくれる。
「 おばさん、困るよぉ忘れちゃ 」 |
「 こんな良い男忘れるもんかね 」 |
「 まったく何処でそんな言い方教わったんだい 」 |
「 ハッハッハッ 」 |
数日後、加湿器を持って行った時はかろうじてオレサマの事は覚えてた。兎に角加湿器をセットし、30分ほど話をして帰って来た。ところが数時間後にはボッケ家が尋ねたことはすっかり忘れてたのだ。仕事から帰って来た息子がその婆さんから「 今日は誰も来なかった 」 って言われたのだ。加湿器があるから変だなぁと思ったら親父が 「 ヨメ子と旦那が来て… 」 とフォロー。
そんな婆さんだけど日常生活では困らないようだ。過去の記憶はしっかりしてるってことだ。そこでボッケ家に教訓が生まれた。老後にこんな事になった時、せめて昔話を懐かしめるように今のうちに思い出になるような事を沢山して置いた方が良いなぁ、と。
集落の林の中に何本かあるアズキナシが咲いている。同じ白い花でもコブシとは遠目にも違う。これについては4年前にも書いている。今回は花の拡大写真を撮ってみた。
生き物の事や宇宙の事、不思議なことだらけ。そんな事を神のせいにすれば悩まなくても済む。ところで神って悪魔みたいに悪いこともするわけか。ならば人間と変らないじゃんか。
俺は神様なんて居ないと思ってる。だから居ない物のせいにするのは何か胡散臭いというわけだ。霊がついてるの何だのと同じ。だいたい津波に備えろとずっと前から指摘されてたのにそれを無視してたのはこの人が居た党だ。
与謝野氏「福島原発事故は神様の仕業」 |
過剰な東電批判を疑問視 |
・・・・・全て略・・・・・ |
2011.5.20 19:00 産経新聞 |
俺は神様なんて居ないと思ってる。だから居ない物のせいにするのは何か胡散臭いというわけだ。霊がついてるの何だのと同じ。だいたい津波に備えろとずっと前から指摘されてたのにそれを無視してたのはこの人が居た党だ。
田舎では寄付だの何だのを各家に集金に来る。金額は実質決められている。大家族でも1人暮らしでも家単位なので金額は同じだ。初めは断ったけど年寄りがよっこらしょと集めてるうちに断るのも嫌になった。でも断ってる間は変な人が来たなんていう噂話の種になってたのだろう。
金を出すまで貼り出そうって思ってたんだろうか。何故貼り出しちゃダメなのか上手く説明出来ないが子供の頃からこんなんじゃぁ住み難い所だなぁと思ってしまう。
義援金出さなかった生徒の名前、黒板に貼り出す |
秋田県大館市の同市立第一中学2年の2学級で、それぞれの担任教諭が、生徒会が企画した東日本大震災の義援金集めで寄付をしなかった生徒計約20人の名前を教室の黒板に掲示していたことが20日、わかった。 |
・・・・・略・・・・・ |
2011年5月20日11時41分 読売新聞 |
金を出すまで貼り出そうって思ってたんだろうか。何故貼り出しちゃダメなのか上手く説明出来ないが子供の頃からこんなんじゃぁ住み難い所だなぁと思ってしまう。
葬式に出て来た天ぷらの中にこれがあった。箱に入って出て来たのでこれは持って帰れってことだ。肉厚の椎茸をそのまま揚げたのかと思ったら饅頭の天ぷらだと言うので暫く放置。長野県には変な食べ物が幾つかあるがこれもその1つ。ご飯のおかずにも酒の肴にもならない。食べて不味いわけではないが、う~ん、って感じ。
何を防ぐかというとペンキ。ペンキ塗りをする時に着るつなぎ。放射性物質が着くわけではないから洗って何度も使ってる。あまり丈夫そうではないので高価な衣類みたいに洗濯ネットに入れるのが何だか変。
5月ってこんなに天気が良かったかなと思うくらいここのところ天気が良い。太陽は高い位置にあるので気温はそれなり。涼しい家の中でのたった2時間ほどのペンキ塗り作業だったけどそれでもけっこう汗が出る。もし袖口をガムフテープで塞いでたら熱中症になりそうだ。
家を建てる場所を決めた時、そのど真ん中に腰くらいの高さの小さな木があった。何の木だろうと思いながら別の場所に移植したのが高さ3m~4mになった。数年前、花が咲いたのでイヌザクラだと分った。
花は房になって咲く。似たようなウワミズザクラに比べるとショボイ。だから満開になっても花が咲いてるのに気が付かなかったりする。何時咲き出したのか分らないけどウワミズザクラよりは後だ。
ボッケ家の庭は放置庭園。でも草花の好みはあるので増えるもの減るものはある。増えた草の1つがナルコユリ。
試しに下から撮ってみた。
去年の秋、椎茸菌を植えた丸太から椎茸が出て来た。収穫後、屋根の下に置いといた。春になったらまた庭の何処かに立てておこうとしてたけど後回しになっていた。そしたら何時の間にか10本くらい出ていて既に幾つかは乾いてた。
人は自分の死を予感するとふと旧知に逢いに行ったりするなんてのをたまに聞く。そんな美談のような話が葬儀中に生まれた。そのきっかけはというと、今回亡くなった人が以前住んでた所に行った時に撮った写真がほのぼのとして評判だったからだ。
その写真、たまたまその日に戻ってきた遠方の親類がシャッターを押した。そこには亡くなった人と近所の人、そしてヨメの3人が写っていたのだ。そう、亡くなったのはヨメ父。生前は義兄夫婦の家に住んでいたがヨメが以前住んでた家に連れてったのだ。
その撮影日が何時の間にか亡くなる10日ほど前ということになっていた。でも事実はもう少し前。もっともその差はせいぜい2週間程度だからここで目くじらを立てるほどのことはないけど幾つかの点で事実とは微妙に違ってた。
実は死の予感がするからそこを尋ねた訳ではなかった。当日はボッケ家に来る日だった。ヨメは迎に行った時、前に住んでた家を経由してやってきたのだ。その目的はヨメがその頃咲くセツブンソウとアズマイチゲの花を見るため。ヨメ父はそこに行くつもりなんて全く無かったのだ。
アズマイチゲ 撮影2011年4月17日@佐久市
出かけた理由は兎も角久々に懐かしい人と逢えたのだ。人は家に居るより出かける方が良い事が多そうだ。でも後になって連れ回したんで疲れたらしいぞなんて話が。
その写真、たまたまその日に戻ってきた遠方の親類がシャッターを押した。そこには亡くなった人と近所の人、そしてヨメの3人が写っていたのだ。そう、亡くなったのはヨメ父。生前は義兄夫婦の家に住んでいたがヨメが以前住んでた家に連れてったのだ。
その撮影日が何時の間にか亡くなる10日ほど前ということになっていた。でも事実はもう少し前。もっともその差はせいぜい2週間程度だからここで目くじらを立てるほどのことはないけど幾つかの点で事実とは微妙に違ってた。
実は死の予感がするからそこを尋ねた訳ではなかった。当日はボッケ家に来る日だった。ヨメは迎に行った時、前に住んでた家を経由してやってきたのだ。その目的はヨメがその頃咲くセツブンソウとアズマイチゲの花を見るため。ヨメ父はそこに行くつもりなんて全く無かったのだ。
出かけた理由は兎も角久々に懐かしい人と逢えたのだ。人は家に居るより出かける方が良い事が多そうだ。でも後になって連れ回したんで疲れたらしいぞなんて話が。
初めて礼服を買ったのは先日亡くなった同級生の結婚式に出る時だったような微かな記憶。それを着てお通夜に出たのも何かの縁かな。しかしこの礼服、そろそろきつくなった。まぁ30年も経てば仕方無いか。
数年前、夏の礼服を用意しようと思った。時期は今頃だ。ところが何故か何処にも売って無かった。佐久が寒冷地かと思って山梨の別荘に連絡して探して貰った。しかしそこでも見つからなかったのでその時は諦めた。
今回、親戚筋には大きな声で言えないが、もしかすると礼服を着る機会がありそうだってことで礼服を新調しようと見に行った。すると夏の礼服がズラーッと並んでた。もう1着買うと半額とあった。3シーズンも一緒にどうかと店員は薦める。う~ん、中々商売上手だ。
まだ季節的に少し早かったせいか裾上げは2日で出来ると言う。しかし服の目的を話してたので翌日仕上げにしてくれた。そのお陰で間に合った。田舎の葬儀は長時間だ。佐久は涼しいとはいえお陰で汗だくにならずに済んだ。
数年前、夏の礼服を用意しようと思った。時期は今頃だ。ところが何故か何処にも売って無かった。佐久が寒冷地かと思って山梨の別荘に連絡して探して貰った。しかしそこでも見つからなかったのでその時は諦めた。
今回、親戚筋には大きな声で言えないが、もしかすると礼服を着る機会がありそうだってことで礼服を新調しようと見に行った。すると夏の礼服がズラーッと並んでた。もう1着買うと半額とあった。3シーズンも一緒にどうかと店員は薦める。う~ん、中々商売上手だ。
まだ季節的に少し早かったせいか裾上げは2日で出来ると言う。しかし服の目的を話してたので翌日仕上げにしてくれた。そのお陰で間に合った。田舎の葬儀は長時間だ。佐久は涼しいとはいえお陰で汗だくにならずに済んだ。