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絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

ユリノニオイ

2006-11-17 15:50:23 | 好きな絵本

 ささめやゆきさんブームは、私の中で静かに続いていて‥ここにたどり着きました。

  ガドルフの百合
       『ガドルフの百合』
         宮沢賢治 文
         ささめやゆき 絵

 
 百合の花が、すべての花の中で、1,2位をあらそうくらい好きです。
 みどりの固い蕾がふくらんできて、薄く白い筋が入ってくるところも、ある朝、ぱっちりと
開くところも。中でも一番好きなのは、居場所を教えてくれているかのような、その香り。

 開き始めと、花びらが散る前とでは、その匂いも変わってくることに、つい最近気が
つきました。だから正確に言うと、百合の花の中で一番好きなのは、花のピークがすこし
過ぎた頃からの匂い、ということになります。

 ささめやさんが描いた、この表紙の百合を見つめていると、その匂いが喉の奥を通り、
胸の中に満ちてきて、いつまでもいつまでもその匂いの中に居たい、と思っている自分に
気が着きます。それくらい、私にとっては、特別な匂い‥。



 ガドルフは、百合の匂いに気がつかなかったのでしょうか。

 激しい雷雨に遭い、思わず駆け込んだ家のガラス窓越しに、ガドルフは、
何か白いものが五つか六つ、だまってこっちをのぞいている
のを見ました。 

 
「どなたですか。今晩は。どなたですか。今晩は。」
 人影かと思い、声をかけた後、稲光によってそれが百合の花だと知らされます。

 シャツが濡れるのも覚悟で、窓から外に体を出して、次の光が花の影をはっきりと
映し出すのを待っているガドルフは、その時点で、すっと引き寄せられたにちがい
ありません、「百合のある風景」に。
 合計で、4度。稲妻が映し出す百合の美しい姿をガドルフは眺めるのですが、
2回目のピカッの描写がとても感動的です。 

 間もなく次の電光は、明るくサッサッと閃いて、庭は幻燈のように青く浮び、
雨の粒は美しい楕円形の粒になって宙に停まり、そしてガドルフのいとしい花は、
まっ白にかっといかって立ちました。
 (おれの恋は、いまあの百合の花なのだ。いまあの百合の花なのだ。砕けるなよ。)

 
 
そんなにも惹きつけられた百合の花なのに、ガドルフはその香りには何ひとつ
触れていないのです。

 灼熱の花弁は雪よりも厳めしく、ガドルフはその凛と張る音さえ聴いたと思いました。

 
くっきりとした花の姿はこんなにも伝わってくるというのに、芳香は、ガドルフのところまで
たどり着くことなく、雨粒にかき消されてしまったのでしょうか‥それとも、目と耳に届いた
情景があまりにも強かったため、匂いは記憶の隅に追いやられてしまったのでしょうか。
もしも、後者なら、ある時突然に匂いの記憶は甦ってくるでしょう。その時、ガドルフが
それに何を思うのか聞いてみたい気がします。


 雷雨の中に立つ百合の姿はあまりにも鮮烈で、別の「似たような何か」があったことが
気になってしかたありませんでした。
 ガドルフ(宮沢賢治)の百合は、まるで梶井基次郎の『檸檬』のようではないですか。

 突然の嵐に見舞われて疲れきっている男が、雷雨に打たれても気高く咲き誇る百合に
希望を見出している姿は、重ねた本の上に、爆弾に見たてた檸檬を置いて帰った男と、
とてもよく似ているように思われます。

 もしやお二人は、同じ時代を生きたのではと思い調べてみたら、ほんとにそうでした、
驚きました。

 宮沢賢治  1896年ー1933年
 梶井基次郎 1901年ー1932年



 宮沢賢治作品&ささめやゆき では『セロひきのゴーシュ』もあります。昔むかしに
読んだ文庫本の段ボールを開けて、『檸檬』を探してこようと思いました。

 

 


コメント (6)
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