梅田でレッスン。淀屋橋で母の友人がボタニカルアートの展覧会に出品されています。レッスンの帰り、待ち合わせてランチ。それから、展示会に行きました。
レッスンはヒンデミットの8ピース。
自分好みでない曲をやってみると、いろいろな未トライのテクニックや、フレーズに出会います。
練習していると、本当に好みだったのか?それとも、自分の技量(演奏や、聴く技量)が追いついていなかったのか?と問わずにはいられない瞬間がやってきます。
ヒンデミットの音楽には、古典的なフルートの技術や解釈の枠では、捉えきれない部分がたくさんあります。
先生が雅楽を聞いたフランス人たちが、「ドビュッシーにそっくりだ」と言ったという話をしてくださいました。
パリ万博以来、入ってきた日本の絵画とともに、音楽も聴いたかもしれません。西洋音楽で育ってきた彼らには、日本の音楽、東洋の音楽は、60年代のロックとの出会いと同じような新鮮な感覚だったかもしれません。
そう思って、ヒンデミットを振り返れば、3番の出だしなどは、尺八のようです。拍子を書いてなかったり、テンポを書かずに段々ゆっくりとか、すぐにとても早くなどと、ドイツ語で書いているのも、筝曲の楽譜のようです。
そして、小節線のない長い連符、滅多に見ることの無い変な場所の休符。
まるで、「間」と呼ばれる日本の音楽の、楽譜に書かれない緩急を楽譜にあらわしたようではありませんか
なるほど、そう思えば、私はあながち苦手ではないかもしれない。食わず嫌いだったのかも
毎日母の三味線や、お琴を聞いていたせいか、若い頃、ずっと先生に「日本人特有の音の出し方だよ。」といわれ続けて、とっても嫌だった。それにフランスに行った時もフルートを練習していると、HとTを発音しない親日家のフランス人に「シャクアシ、シャクアシ」と指差されて言われて恥ずかしかった。
けれど、それもやっと役に立つ時がきたのかもしれない。と、それだけで脳天気にも、希望の光りが差したような気がしてきたのでした。
ボタニカルアートをしている母の友人は86歳。年を取ってから始めたそうです。なんでもチャレンジし続ける好奇心旺盛な86歳です。絵もはっきり、すっきりとした絵でパワーがありました。
絵はうまいかどうかわかりませんが、その人の存在自体が周りの人を元気にする。そんな気がしました。
その後、牧野にかえってSさんとまたまたアンサンブル。
青島さんの伴奏講座に行ってきたそうです。青島さんのパワーをもらったのか、いつもより生き生きした演奏でした。めちゃくちゃ落ち着きの無い…いえ、切り替えが早く、いろんなことを同時に考えられる人だったみたいです。一度やった曲は全部すぐに覚えるだけでなく、クラスメートの名前、両親の職業なんかを小学校から全部おぼえておられるそうです。「覚えられないと言う世界がわからない」といっておられたそうです。うらやましい。話を聴いていると私まで、生き生きと楽しくなってきました。
写真はSさん宅のなでしこ、何本か切ってお土産にいただきました。
会うとお花だけでなく、楽しい時間を過ごして、いろんな刺激を受けます。本当にありがたい友人です。