気ままに

大船での気ままな生活日誌

米原万理展 鎌倉文学館

2011-05-25 09:06:28 | Weblog

今日、5月25日が米原万里さんの命日(2006年、56歳)であることを、昨日の鎌倉文学館で開催されている”米原万里展”で知った。感想文は、ご命日に書こうと、今、キーを打っている。展示は米原さんの一生を辿る構成になっている。よく知られているように、父親は日本共産党の国会議員だった米原いたる氏である。彼の仕事の関係で、少女時代をプラハで過ごす。そして帰国する。実妹の井上ゆりさん(井上ひさしさんの奥さん)によると、万里さんは建築家か獣医さんになりたかったそうだが、結局は入学しやすい外語大のロシア語学科に入った。

そして、卒業後はロシア語通訳となる。1985年の米ソ首脳会議のブレジネフの同時通訳でスタートをきった。そして、通訳業の傍ら、エッセイを書くようになり、二足のわらじをはいていた。しかし、お母さんの介護の関係もあり、2000年、ゆりさんも住む、鎌倉へ引っ越す。その日から著述業に専念する。建築家を目指したこともあるくらいだから、自分で設計した家を源氏山の麓につくる。そして、獣医さんを目指したくらいだから、犬を3匹、猫を5匹飼う(数字はうろおぼえです)。

鎌倉に移って、万理さんに変化が起こった。東京時代は”人は年をとると汚くなるばかりだから、きれいにしなければ、だめよ”と後輩に言い、実際、自分も濃い化粧をし、服装にも気をつかっていた。それが、鎌倉では毎日、フリースの上下に、スニーカースタイル、化粧もなしで、訪ねてくる友人たちは、一様にその豹変ぶりに驚くそうだ。

”終生ヒトのオスは飼わず”の著書があるくらいだから、生涯独身で通した。毛深い家族たち(犬、猫)と生活を共にした。”パンツの面目、ふんどしの沽券”と下着にも詳しい(爆)。ロシアには面白い小噺がいっぱいあるそうで、ユーモアのセンスはロシア人とのつきあいで磨かれたのかもしれない。さらに、義弟、井上ひさしさんの仕上げ砥石があったのだろう。”嘘つきアーニャの真っ赤な真実”、”不幸な美女か貞操な醜女か”、”ガセネッタ&シモネッタ”、”魔女の1ダース - 正義と常識に冷や水を浴びせる13章”等など、爆笑ものの、そしてぼく好みの表題である(大汗)。しばらく米原万理づくしの読書になりそうだ。

 

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東慶寺 カルミアの花と岩煙草の花芽

2011-05-25 05:55:19 | Weblog

山のホテルの石楠花園の中にある、日本最古参のカルミアは、まだ花をつけていなかったが、うちのマンションの中庭のカルミアは咲き始めていた。東慶寺の山門近くのカルミアはどうか、気になり、昨日、寄ってみた。カルミアは満開よりも、金平糖のような蕾がいっぱいついていて、いくつかが、開花している、そんな”若さがいっぱい飛んでいた学園広場は青春広場”、というステージがぼくには望ましい。

少し、咲き過ぎという感じだった。多くが満開で、八分咲きがわずかに残っている程度で、金平糖は探すのに苦労するくらいだ。はじらいを失いかけた三十女といった風情だ(爆)。それでも、まだまだ、散ってはおらず、人によっては、満開で見頃だと喜ぶ人もいるだろう。年増好みといったところかな(爆爆)。

金平糖もわずかながら。

さて、東慶寺といえば岩煙草。そろそろ蕾をつけただろうか。岩煙草の生息地、”美乳岩”を診察した。さすがに美乳の回りは、岩煙草も恐れ多くて、棲めない。わき腹あたりが居心地がよいらしく、たくさんの岩煙草が集合している。よく育っていた。しかし、あの紫色の星のような花は、まだどこにも見当たらない。花芽は育っているかと、葉っぱをひっくり返してみる。まだリサちゃん程度の幼稚園生といったところ。6月に入ると、一斉に咲き始めるだろう。岩がらみも6月から一般公開らしい。楽しみだ。

・・・・・

美乳岩(お寺さんがつけた名称ではありません。ぼくの審美眼によりつけたあだ名;爆)ビューポイントは教えません。そこからしか美乳はみられません。お寺さんに対し、不謹慎だというような、野暮な人は、傾いた木魚というあだ名にしてください。

お乳のところには一本も生えていませんが、手前側(道路側)のわき腹に当たる部分が群生地です。煙草の葉っぱに似ている岩煙草がいっぱい。

葉っぱをひっくり返しと、こんな花芽が。

山あじさいも色づきはじめました。かまくらはいよいよ紫陽花の季節に入ります。

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