おはようございます。
先日、東御苑に梅や早咲き桜を見に行ったときに、丸の内の出光美術館に寄り、池大雅/陽光の山水展を見てきた。
文人画家として名高い池大雅だが、ぼくは池大雅の回顧展を見たことがない。東京では13年振りの回顧展というが、そのとき見た記憶はない。今回、是非にと思った理由は、国宝2件、重文8件もが展示されるというのだ。これは、池大雅の国宝(3点)、重要文化財(13点)のうち半数以上にもなる。生誕300年記念だし、これは見逃すわけにはいかないと思った。
ここも撮影禁止なので、二つ折りのりっぱなちらしの写真と説明を使わせてもらって各章の概要を記録しておきたい。”陽光の山水”と賞される池大雅、良かったですよ。お目当ての国宝2点とは楼閣山水図屏風(東博所蔵)と十便十宜図(川端康成記念館蔵)。それぞれ、はじめとトリに出場します。
第1章 光との戯れ/色と墨の競演
池大雅の画風の特徴は、なんといってもその色づかいにある。サブタイトルにある”陽光の山水”。着色はもとより水墨であっても、きらめく光と開放的な空気をたっぷり含んだ、さわやかな絵画に生まれ変わる。光と戯れる大雅の唯一無二の筆さばき(公式サイト)。トップバッターに国宝。これは東博所蔵なので以前見ている。
楼閣山水図屏風(国宝)東博所蔵 金地屏風のひときわ見事な本作は、大雅40代の作品で、右隻には中国湖南省にある岳陽楼(がくようろう)と洞庭湖(どうていこ)を、左隻には北宋の詩人欧陽脩(おうようしゅう)が赴任先で宴を楽しんだ酔翁亭(すいおうてい)を、伸び伸びとした筆遣いで描いている。(東博解説)
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柳下童子図屏風(重文)京都府蔵(京都文化博物館管理)粗末な橋の上から水面を覗き込む二人の童子を描いたもの。水面をはさんで、彼岸には柳の葉が垂れ、此岸には笹の葉が繁る。
童子、拡大。
瓢鯰図 「まるくすべすべした瓢箪で、ぬるぬるした鯰をおさえとるには如何」という禅問答。
漁楽図(重文)本図の主題は漁に興じる人々を描くところにあるが、その漁の様子は山水の景観のなかに溶けこんでしまって、ほとんど目立たない。
第2章 大雅のユートピア 憧れの中国へ
大雅にとって、文人画の本場である中国は、見果てぬ夢の地であった。中国屈指の景勝と名高い西湖、大文人の蘇軾も遊んだ赤壁、そして洞庭湖を擁する湿潤な瀟湘の地 、こうした名勝を、大雅は親友から借りた中国絵画や版画をもとに描き出した。そして、少しでも実景に近づきたいと、洞庭湖を描くのに琵琶湖に何度も足を運んで水の動きを観察するなど、中国の名勝図に生命力を吹き込みんだ。
滕閣勝覧図屏風
餘杭幽勝図屏風
第3章 行道千里(せんりのみちをゆく)日本の風光に学ぶ
大雅は旅をこよなく愛し、20代半ばで江戸に下向したのを皮切りに、その生涯で東は奥州、西は出雲に至るまで、日本全国をまわった。とりわけ登山を好んだ大雅は、富士山、立山、白山の三霊山を踏破して「三岳道者」とも名乗った。こうした旅で実際に訪れ、眼にした日本各地の絶景を描いていった。ここでは大雅の実感で描いた「真景図」の数々が見られる。
浅間山真景図
第4章 四季と八景の庭園 大雅芸術の頂点
うつり行く昼夜。めぐり行く四季、時間の流れと、それにともなう気象の変化は、およそ絵画には定着させづらい要素である。大雅はそれを、持ち前の大らかな筆づかいと、繊細な感性によって見事に表現した。名勝の四季の情景を風情豊かに描き出す瀟湘八景や、四季折々のいろどりをあらわした山水図は、旅に生きた大雅の真骨頂といえるかもしれない。本展のフィナーレでは、その芸術の頂点を示す傑作を通して、「陽光の人」大雅がたどり着いた到達点を見てゆく(公式サイトより)
十二ヵ月離合山水図屏風(重文)(出光美術館)1幅ずつでも、また全体をながめてもひとつの絵画として見ることのできる、いわゆる離合山水図の傑作とのこと。
寿老四季山水図 中央に福禄寿、左右に四季山水。
東山清音帖(十六面)(重文)
五君咏図(六幅対)より阮咸。竹林の七賢人の一人で、琵琶をよく奏していた。
国宝・十便十宜図(大雅と蕪村の競作)川端康成記念館
大雅の十便帖(釣便図)李漁(明末の劇作家)が伊園においていう「十の便利」を絵画化したもの。自然と共に生きる人間の豊かさを画面いっぱいに描きこんでいる。蕪村は十宜帖(十の宜いこと)を担当。なお、川端康成は美術品に目がなく、国宝級のものをいくつも所有していた。
池大雅の回顧展を初めて見ることができた。”陽光の山水”、憶えておこう。
出光美術館休憩室からの皇居の風景(桜田門方面)。
それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!