まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第1番「青岸渡寺」~西国三十三めぐり2巡目・19(帰りは紀伊半島一周へ)

2018年01月16日 | 西国三十三所
那智山16時25分発のバスに乗って勝浦駅に戻る。途中、那智の滝前や大門坂から外国人を含めた乗客があり、そこそこの人数である。16時50分に紀伊勝浦駅に戻ってきたが、そろそろ暗くなる時間帯である。

宿泊するならちょうどいい頃合いで、駅の裏手には最近できたらしいビジネスホテルもある。レンタカーつきの宿泊プランもあるようで、また南紀に来ることがあれば利用してみてもいいかなと思う。

・・・といいつつも、この時間から大阪に向けて帰るのである。17時38分発の紀伊田辺行きに乗り、以後、紀伊田辺、和歌山と乗り継げば23時16分に天王寺に着く。さすがに行きのような海の景色を見ることはできない。

ただ、先の記事で「乗り鉄の悪魔のささやき」と書いたことがある。それは逆に紀伊半島の東側を走るというものである。こちらは変則的で、17時03分発の特急くろしお13号で新宮まで行き、新宮17時55分発の多気行きに乗る。新宮へは17時28分発の鈍行でも間に合うが、これだと3分ほどしかなく、すぐの乗り換えとなってしまう。新宮駅に久しぶりに降り立つのと、夕食の買い物時間を確保するために特急で先行する。以後、多気から松阪に出て、松阪からは近鉄特急に乗る。新宮から多気までも3時間コースだし、くろしおや近鉄特急に乗る分が余計な出費となるが、その間の紀勢線を青春18きっぷ1回分でぐるりと回るほうが、旅としては面白そうだ。

そういうわけで、新宮までの乗車券と自由席特急券を購入して、くろしおの入線を待つ。やってきたのはオーシャンビュー車両で、この時間、そして次は終点新宮というところで自由席もガラガラである。海側に座り、目を凝らして外の景色を見る。カメラではなかなか上手く撮れないが、肉眼では、新宮手前の三輪崎の直線の海岸の景色を何とか眺めることができた。

新宮に到着。紀伊駅から和歌山県の紀勢線を延々とたどってきて、ようやく最後の駅である。ホームでは熊野三山の絵馬が飾られている。

次の多気行きまでの時間、改札の外に出る。久しぶりに訪れた駅だが、内装が新しくなったようだ。少し前まで、381系くろしおで使われていたパンダシートが待合室に置かれている。また売店型のセブンイレブンはあるが、昔は売っていた駅弁はもうやっていないそうだ。さんま寿司、めはり寿司というのを買って車内で食べたのを昔のこととして思い出す。

駅の外は真っ暗で、駅前には小さなイルミネーションができている。またすぐ向かいの徐福公園は門が閉まっているがライトアップされていて、夜空に朱色が映える。駅前のローソンでいろいろ買い求めて、まずは多気、松阪までの3時間コースに備える。

17時55分発の多気行きはキハ25のワンマン2両編成。途中、熊野市、尾鷲、紀伊長島以外は後ろの車両の扉は開かないので、そちらに陣取る。ロングシートの車両なので、空いていると余計に開放的に見える。ただ、寒いし、外も見えないのでは余計に淋しく感じられる。2両合わせて15人ほどで出発する。

紀勢線の東側といえば、昨年に「三重県サイコロの旅」で松阪から熊野市まで乗っている。まさかサイコロの目で熊野市に行くことになるとは思わず、このタイプの車両で往復する中で、三重県の長さというのを改めて感じた旅だった。今回、新宮からすぐの熊野川(新宮川)を渡り、ここまで長かった和歌山県に別れを告げたが、今度は三重県を長々とたどることになる。まず始めは鵜殿からである。

車内の乗客が少ない上に、乗った人がみんなごそごそと食べ物を出しているので、私も気兼ねせず?に食事とする。ちょいと呑み鉄も。アテの他に、先ほど紀伊勝浦の駅弁屋で買っておいた「紀州路」という、さんま寿司とめはり寿司の詰め合わせをいただく。昔は鯨の弁当もあったと思うが、これも需要がなくなったのだろう。リュックには土産として鯨のたれも入っているが、これは帰宅して後日の楽しみに取っておく。

熊野市に到着。ここで乗客が入れ替わる。ここから熊野灘に面したリアス式海岸の区間が続くが、もちろん海の景色は見えない。まだ18時台だが、周りにほとんど灯りがないので、どういうところを走っているのかもよくわからない。昨年の夏に乗った時の記憶を呼び戻す。ただそれも長くは続かないので、読書しながら進む。

尾鷲で乗客が減り、19時39分着の紀伊長島では後ろの車両からは他の客がいなくなった。ちなみに、紀伊長島から尾鷲、新宮方面は特急も含めてまだ列車はあるが、多気方面はこれが最終である。2分停車の後で出発、ここからは同じ三重県だが紀伊と伊勢の境である。当然、周りは真っ暗。そんな中で後部車両を独占した形で、もうどないなとなれという感じで列車に揺られる。当初の予定通りに西海岸を回っていれば、こんな心持ちにはならなかったかもしれない。

20時54分、終点の多気に到着。10分の連絡で、参宮線から来た亀山行きに乗り継ぐ。さすがにこのまや津や亀山まで行ったのでは今日中に帰宅できないので、松阪で下車する。21時39分発の大阪上本町行き特急がある。無事空席もあった。後でわかったのだが、この列車は土日ダイヤのみ運転のようである。1月3日が土日ダイヤだったからできた乗り継ぎで、いかに近鉄といえどもこの時間に特急に乗らなければその日のうちに帰宅できない。

先ほどまでの車窓を思うと、松阪の駅前は明るかった。伊勢平野まで出たことの安心感もある。松阪牛の店はまたの楽しみとして、特急に乗り込む。特急券は鶴橋まで買ったのだが、結局は循環ルートにこだわり、大和八木で下車して、橿原神宮前経由で藤井寺に戻った。天王寺、阿部野橋も経由しない面白さである・・・。

さて、これで西国三十三所めぐりの中でアクセスに最も長い時間がかかるであろう札所に行ったわけだが、西国三十三所の札所会は、昨年出席した先達研修会での告知通り、新たな「納経」を仕掛けてきた。朱印の専用用紙を33枚、それを貼り付ける台紙・・・現在の住宅事情を考慮して、従来の掛け軸よりもコンパクトに、インテリアとしても飾れるようにとのセットである。これらは指定の札所で、先達なら無料でもらえるそうだ。また、この専用用紙で集めた朱印は、今後の先達昇補の一つにカウントするとか。・・・新たな挑戦である。次に那智を訪ねる時はこの台紙(まだもらっていないが)も手にしながら行くことになるかな。その時はどのようなアクセスをするだろうか・・・・。
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