吉備津神社から吉備津彦神社まで歩くことにする。距離にすれば2キロくらいだろうか。右手には吉備の中山という小山がある。両神社はこの山裾に建っている。山の南側は昔は海だったところで、肥沃な土地と海に恵まれた吉備の人たちは、この山を神聖なものとして敬っていたという。
クルマがすれ違うのがやっとという幅の道を歩くうちに、「鼻ぐり塚」の看板が現れた。吉備津彦神社への途中で立ち寄りたかったのはここである。
鼻ぐりというのは牛につけられる鼻輪のことである。牛や豚といった家畜の供養のため、全国から鼻ぐりが奉納されていて、その数は700万個以上と言われている。福田海(ふくでんかい)という、1908年に設立された宗教の本部にある。修験道をベースにした教えのようである。鼻ぐり塚は境内の奥にあるそうで、拝観料は取らないが、鼻ぐり塚にお参りする人は入口で護摩木をもらい、100円を納めるようにとある。護摩木に名前と願いを書いて、柵を払って中に入る。途中に祈祷の舞台や不動明王を祀る岩があり、その奥である。
これが鼻ぐり塚。色とりどりの鼻ぐりがうず高く積まれていて、近づいてみると牛や豚の人形もある。また塚の左右に牛と豚の像が狛犬のように並ぶ。まずは護摩木と、改めて賽銭を納める。そういえば前日に焼肉を食ったよなと思い出しながら・・・。
鼻ぐり塚に来るのは初めてで、今回神社の間で立ち寄ろうと思ったのは、子どもの頃に見た「ウルトラマンエース」のためである。オンエアは私が生まれる前の話なので、見たのは何年も経ってからの再放送だが、その中に牛の超獣が出る話があった。大人になって改めてDVDでその話を見直したら、鼻ぐり塚が舞台だった。
あらすじを書くと・・・岡山出身のTACの隊員が帰省する時、新幹線の中でヒッピーの青年(若かりし頃の蟹江敬三さん)に出会う。青年は強引に岡山のガイドを頼み、隊員は鼻ぐり塚に連れてくる。そこに積み上げられた鼻ぐりを見て、青年は隊員が止めるのを聞かずに腕にはめる。すると青年の体から毛が生え、顔が牛になった。これまで人間に食べられた牛たちの怨みを思い知らせるとして、やがて巨大化したカウラという超獣が町を襲う。最後はウルトラマンエースの手で腕にはめられた鼻ぐりを壊すと、超獣の呪いが解けて青年は元の姿に戻った・・・という話である。鼻ぐり塚が出たり、超獣に襲われるのが岡山や牛窓の町だったりというロケ作品である。話としてはバチ当たりなことはしてはいけないとか、食べ物のありがたみをとかいう日本昔話のような内容で、分かりやすい。
塚の周りには地蔵や観音などの像が囲んでおり、福田海というのも従来の仏教に根ざしたものなのかなと思う。珍スポットとして紹介されることが多いようだが、20世紀の信仰の形の一つなのかなという印象を持った。
鼻ぐり塚を後にして東へ進むと、両国橋というのに出た。両国橋といえば江戸の隅田川にかかるあの橋を連想するが、こちらは小川をまたぐ2~3メートルくらいの橋である。ただ「両国」というからには・・そうか、備前と備中の国境ということか。後でわかったのだが、吉備の国を「三備」に分ける時に、吉備の中山のちょうど真ん中を境にしたのだという。その辺りに小川があったのだろう、橋を架けて両国橋としたわけだ。
山裾をたどる形で歩くうちに前方に備前一宮駅が見える。ちょうど列車が来て発車する。ここまで来れば吉備津彦神社は近い。改めて、こちらも吉備津神社同様に北に向いている鳥居の前に立つ。先ほどの吉備津神社からの分社といいながらも、1000年を越える歴史を持つ神社である。こちらはフラットな感じで、まず目につくのは安政の頃に建てられた巨大な石灯籠。何でも、先の大晦日からの年越しの夜にはこの石灯籠でプロジェクションマッピングが行われたそうだ。
こちらでは正面の拝殿で手を合わせながら、拝殿の中で祈祷を受ける人たちの祝詞を聞く。この後で横にある祠それぞれに手を合わせる。いずれも背後の森は吉備の中山であり、先の記事では鳥居や社殿が北向きなのは鬼門を守るためとかヤマト王朝を意識したのかもしれないと書いたが、そうではなくて、吉備の中山を神聖な山として崇めるために社殿ができたというのが正しいのだろう。
ここまで来れば備前一宮駅が近い。時刻は12時を回っていて、吉備線を乗り通すなら12時23分発の総社行きがある。沿線には他にも備中高松城跡、最上稲荷、足守の武家屋敷など歴史的なスポットが点在するが、これからどう回るか・・・。
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