紹介するのが遅くなりましたが、9/25(日)は家内とジュークで生野・銀谷まつりに行ってきました。前日にグッチさんに「ご一緒しませんか」とモールスしたのですが、返信は無く・・・さてグッチさんは登場するでしょうか。^^
それはともかく自宅を8時半頃に出発して、第二神明~加古川・姫路BP~播但道で生野を目指します。
生野の手前の播但道・市川SAで一休みです。
市川SAには往年の名車が一杯停まっていました。先ずはHONDA・S800です。
さらにTOYOTA・S800。(ヨタハチですね)
写真を撮りながらお聞きすると、銀谷まつりでの展示のため生野に向かわれるそうです。クォ~ンという乾いたHONDA・DOHCサウンドを響かせ、S800は出発して行きました。^^
さて生野に到着ですが、メイン会場よりも遠く離れた駐車場に誘導されました。そんなところで、先ずは志村喬記念館と甲住宅からの見学です。
イベントの一環で、輪投げが行われていました。賞品は怪獣のソフビのようです。
この松の木のあたりの甲住宅で、志村喬さんは生まれました。志村喬さんについては後述します。
甲住宅とは、かっての生野銀山で働いていた鉱山夫の社宅です。以前にマジェで行った時にも紹介しましたが、あらためてどうぞ。一見、少し古そうな住宅ですが、
この炊事場とお風呂を見れば、戦前であることがお分かりでしょう。
続いて、もう一つの甲住宅へ、
冷蔵庫にステレオにテレビ・・・戦後の昭和30年代のようです。
この丸いドラム缶のようなものは洗濯機でしょう。^^
洗面所も、現在の生活に通じるところがあります。
当時の皆さんの写真・・・何か活き活きされているというか、未来に進んでいる笑顔です。
最後に志村喬記念館です。
代表作である「七人の侍」がお出迎えです。この「七人の侍」ですが、映画の面白さが全て収まった作品です。スピルバーグが映画作りで悩んだ時、この「七人の侍」を観たと言われます。
こんな感じで、志村喬さんは少年期を生野で過したようです。
志村喬さんといえば黒澤明監督。画像の4作品は全て観ました。黒澤作品といえば何か難しいイメージがありますが、そんなことはありません。どの作品も素晴らしい娯楽作品です。
この2作品ももちろん観ました。蜘蛛巣城はホラー映画のような怖い作品でした。
黒澤作品で一番好きなのは「生きる」です。志村喬さんの隣でブランコに乗るのは、チャコちゃん(TVでのチャコちゃんシリーズ)のお母さんです。
「生きる」で志村喬さんが雪の中でブランコに乗るシーンは、日本映画の中で一番美しい場面と言えるでしょう。でも、こんな感じで雪を付けていたんですね。^^
志村喬さんと黒澤映画を満喫した後、次に到着したのは「生野クラブ」です。
生野クラブとは、こんな施設でした。
中に入ると、昭和の応接間です。
ここが有栖川宮熾仁親王が宿泊した部屋です。ガイドさんが内部について説明されています。
私が目を引いたのは、Rの付いた床の間の天袋。
す~と滑るように開きました。木製建具ですので湿度で歪んでいるかと思いきや、あまりに軽く開いたので驚きました。
この後、やっとこさメイン会場へ・・・そしてグッチさんと総理のご夫婦が登場です^^。グッチさん家と廻ったメイン会場は、次回に紹介します。
それはともかく自宅を8時半頃に出発して、第二神明~加古川・姫路BP~播但道で生野を目指します。
生野の手前の播但道・市川SAで一休みです。
市川SAには往年の名車が一杯停まっていました。先ずはHONDA・S800です。
さらにTOYOTA・S800。(ヨタハチですね)
写真を撮りながらお聞きすると、銀谷まつりでの展示のため生野に向かわれるそうです。クォ~ンという乾いたHONDA・DOHCサウンドを響かせ、S800は出発して行きました。^^
さて生野に到着ですが、メイン会場よりも遠く離れた駐車場に誘導されました。そんなところで、先ずは志村喬記念館と甲住宅からの見学です。
イベントの一環で、輪投げが行われていました。賞品は怪獣のソフビのようです。
この松の木のあたりの甲住宅で、志村喬さんは生まれました。志村喬さんについては後述します。
甲住宅とは、かっての生野銀山で働いていた鉱山夫の社宅です。以前にマジェで行った時にも紹介しましたが、あらためてどうぞ。一見、少し古そうな住宅ですが、
この炊事場とお風呂を見れば、戦前であることがお分かりでしょう。
続いて、もう一つの甲住宅へ、
冷蔵庫にステレオにテレビ・・・戦後の昭和30年代のようです。
この丸いドラム缶のようなものは洗濯機でしょう。^^
洗面所も、現在の生活に通じるところがあります。
当時の皆さんの写真・・・何か活き活きされているというか、未来に進んでいる笑顔です。
最後に志村喬記念館です。
代表作である「七人の侍」がお出迎えです。この「七人の侍」ですが、映画の面白さが全て収まった作品です。スピルバーグが映画作りで悩んだ時、この「七人の侍」を観たと言われます。
こんな感じで、志村喬さんは少年期を生野で過したようです。
志村喬さんといえば黒澤明監督。画像の4作品は全て観ました。黒澤作品といえば何か難しいイメージがありますが、そんなことはありません。どの作品も素晴らしい娯楽作品です。
この2作品ももちろん観ました。蜘蛛巣城はホラー映画のような怖い作品でした。
黒澤作品で一番好きなのは「生きる」です。志村喬さんの隣でブランコに乗るのは、チャコちゃん(TVでのチャコちゃんシリーズ)のお母さんです。
「生きる」で志村喬さんが雪の中でブランコに乗るシーンは、日本映画の中で一番美しい場面と言えるでしょう。でも、こんな感じで雪を付けていたんですね。^^
志村喬さんと黒澤映画を満喫した後、次に到着したのは「生野クラブ」です。
生野クラブとは、こんな施設でした。
中に入ると、昭和の応接間です。
ここが有栖川宮熾仁親王が宿泊した部屋です。ガイドさんが内部について説明されています。
私が目を引いたのは、Rの付いた床の間の天袋。
す~と滑るように開きました。木製建具ですので湿度で歪んでいるかと思いきや、あまりに軽く開いたので驚きました。
この後、やっとこさメイン会場へ・・・そしてグッチさんと総理のご夫婦が登場です^^。グッチさん家と廻ったメイン会場は、次回に紹介します。