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山本昌代『応為坦坦録』

2012-05-02 03:59:00 | ノンジャンル
 山本昌代さんの'95年作品『応為坦坦録』を読みました。
 葛飾北斎とその娘・お栄が40才の頃の話で、二人の生活の無頼ぶりが描かれています。お栄は父・北斎のことを「鉄蔵!」と呼び捨てにし、北斎は娘のことを「オーイ」としか呼ばず、父が絵を描くのを見よう見まねでまねして、自らも絵を描くようになったお栄は、自分の雅号を「応為(おーい)」にし、父が描くのを面倒くさがる春画を描くようになります。物語は北斎が死に、お栄もいずこともなく姿を消してしまうところで終わりますが、それまで、落語調の会話をはさみながら、調子よく話が進んでいきます。
 嫁ぎ先の橋本町を一泊もしないで戻って来たお栄と鉄蔵の会話の部分を引用してみると、
「『なんで追ん出されて来た』
 『追ん出されやしねえや。こッちで勝手に出て来てやったんだい』
 『じゃあ、なんで出て来たんだよ』
  鉄蔵はどこまでもひやかし半分に笑いながら聞いた。
 『絵を見せてやるッていうから見てやったのよ。態度だけはでかいんだよ。いっぱしの絵かきのつもりでさ」
 『まあそりゃ、誰でもそうだろう』
 鉄蔵はこの時だけ橋本町の肩を持った。そうして痒くもないのにカリカリと耳の後ろを掻いた。
 『そしたらなんだい。あんまりヘタクソだからあたしゃ思わず吹き出しちまッた。悪気があったわけじゃあねえんだけどねえ。―そうしたらあの野郎が目ェ剥いて怒りやがるから、ひとことふたこといいたいことをいってやったんだ』
 『へえ』
 鉄蔵はお栄の話を聞きながらいつか白い紙を出して、そこへサラサラと富士を描き出した。頼まれものの下絵かなとお栄は横目で思った。
 『なんていったんだ』
 『こんなヘタくそな絵ェ描いて、よくも絵かきでございなあんてしゃあしゃあといえるな、馬鹿野郎。等明だか唐茄子だか知らねえが、てめえなんぞ絵ェ描くやつじゃねえ、尻でも掻いてろ、べらぼうめ―といってやったよ』
 お栄は一気にまくし立てると、せいせいと気の晴れた顔で笑ってみせた。
 『河岸の喧嘩みたいだなあ、そいつァ』
 『ふん。何だって構うもんかい。―そしたらあの野郎が出てけーッて怒鳴りやがったから、顔中真ッ赤にしてさ。はいさよならッて出て来てやったッてえわけよ』
 『そりゃおめえにしちゃあ随分と素直だの』
 鉄蔵は空でも仰ぐように上を向いてアッハッハッハッハッと大きな笑い声を立てた。」

 こんな調子です。活字も大きく、どんどん読みすすめる面白さでした。江戸落語が好きな方は、特に楽しめるのではないでしょうか?

→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/