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高三啓輔『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』

2012-05-18 02:40:00 | ノンジャンル
 ジョン・スタージェス監督・製作の'63年作品『大脱走』を久しぶりにWOWOWシネマで再見しました。タイトルロールでは、スティーヴ・マックイーン、ジェイムズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロウが主役扱いで、チャールズ・ブロンソン、ドナルド・プレザンス、ジェイムズ・コバーン、デヴィッド・マッカラムは傍役扱いとなっていました。
 小学生の時、テレビでかなりわくわくして見た記憶がありましたが、今見ると、マックイーンがバイクで国境沿いの草原を疾走する有名なシーン以外は画面がくすんでいて、かなり暗い印象を受けました。それでも約3時間の長さのちょうど真ん中辺りで、一つ目のトンネルがドイツ側に発見されてしまい、最初の犠牲者が出るという小さなクライマックスがあり、それからは様々なエピソードが急速に展開し始め、ラスト50分の日中のそれぞれの逃走劇は今見ても結構見ごたえがあり、『ハリウッド・リライティング・バイブル』にかなった作りになっていることに感心したりもしました。俳優の存在感では、マックイーン以外だと、ゲシュタポに拷問されて目に傷を負っても強い意志を持って作戦を指揮するリチャード・アッテンボロウと、彼の逃亡を助けるため駅のホームで射殺されるデヴィッド・マッカラム(この頃の彼はまだテレビシリーズ『ナポレオン・ソロ』でスターになる前だと思います)が抜けていたと思いました。

 さて、朝日新聞で紹介されていた、高三啓輔さんの'11年作品『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』を読みました。
 海外映画の輸入・配給の最大手である東和(現東宝東和)は創業の昭和3年から秘田さんが死去する昭和42年までに177本のフランス映画を輸入・配給していますが、秘田さんはこのうちの132本の字幕を担当しています。さらに秘田さんの仕事は東和だけに限らず、フリーの字幕屋として他の輸入会社の仕事も請け負ったので、その字幕翻訳の仕事は、生涯に600本はくだるまいと言われています。秘田さん自身、「私は今までに15カ国語、21ケ国の映画の日本語版を手がけた」と書いています。ただしフランス屋の秘田さんが、それ以外の外国語の字幕をつけるときは、下訳がついていてそれを基に字幕化していたようです。
 翻訳の世界では、原文に忠実すぎるあまり、日本文としては硬すぎ、かえってわかりづらいことを「忠実なる醜女」と言い、逆に原文には必ずしも忠実ではないが、日本文としてはこなれていてきわめてわかりやすく、かつ原意をも十分に伝えている訳文を「不実なる美女」と呼びますが、秘田さんはまさに後者だったということが、主に『天井桟敷の人々』の字幕によって検証されていきます。映画の字幕の場合、平均的な日本人が1秒間に読める字幕の字数はほぼ4文字という原則があり、秘田さんはこの制約の中で見事な訳文を生み出していったのでした。その見事さは山田宏一さんをフランス語へと向かわせる原動力となったことが本書でも触れられています。
 ただし、本書は全200ページ余りのうち、半分以上のページを秘田さんの戦前の生活史を描くのに費やしていて、そういった点では字幕の見事さを中心に置いたというよりも、秘田さんの東和の川喜多長政さんや作家の高見順さんとの関わりが中心になっている感があり、物足りなさを感じもしました。人間・秘田余四郎を知りたい方にはお勧めの本です。

→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/