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アーサー・ビナード『釣り上げては』

2012-12-29 08:41:00 | ノンジャンル
 アーサー・ビナードさんの講演を聞くこととなり、ビナードさんの作品を立続けに4册読むことにしました。1册目は'00年作品『釣り上げては』。'01年に中原中也賞を受賞した詩集です。
 本の題名にもなっている詩『釣り上げては』は以下のようなものです。(改行は無視させていただきました。)「父はよく 小さいぼくを連れてきたものだ ミシガン州 オーサブル川のほとりの この釣り小屋へ。そして或るとき コーヒーカップも ゴムの胴長も 折りたたみ式簡易ベッドもみな 父の形見となった。 カップというのは いつも欠ける。古くなったゴムは いくらエポキシで修理しても どこからか水が沁み入るようになり、簡易ベッドのミシミシきしむ音も年々大きく 寝返りを打てば起こされてしまうほどに。 ものは少しずつ姿を消し 記憶も いっしょに持ち去られて行くのか。 だが オーサブル川には すばしこいのが残る。新しいナイロン製の胴長をはいて ぼくが釣りに出ると 川上でも 川下でも ちらりと水面に現れて身をひるがえし 再び潜って 波紋をえがく――  食器棚や押入に しまっておくものじゃない 記憶は ひんやりした流れの中に立って 糸を静かに投げ入れ 釣り上げては 流れの中へまた 放すがいい。」
 社会的な詩も多く見受けられます。例えば「バナナ」と題された詩。「屋上で バナナを食べた 半分ずつ    遠い南国のこと 搾取のこと 農薬、死んでいく愛のこと 一つも 考えないで 霞んだ街 見下ろしながら バナナを頬張った」 「もんじゃ」と題された詩はこうです。「――朝鮮仏教徒連盟中央委員会は言う、日本の高速増殖原型炉「もんじゅ」、文殊菩薩を冒涜――と。それを読んでぼくは悟りを開いた。四月の臨界からずっと あれはいつか月島の方で食べた お好み焼きのぐしゃぐしゃしたやつ、うまい名前をつけたな と。」
 私が特に魅かれたのは、数々の散文詩でした。例えば「父と現場」と題された詩。「テレビにゲストとして出ることになって その前夜遅くまで資料を読み直したり何をしゃべるか考え込んだり 朝起きてみると 顔が何だか腫れぼったい 目の下には立派なくま。慣れないネクタイをしめ しめ直して いざスタジオへ。 『まずメイクを』とディレクターにいわれ 彼が指さす部屋に入ると 大きな鏡の前で 髪をワインレッドに染めた女の子が 道具箱を開いて待機している。こっちが座るなり 彼女は カステラの一切れにも似たスポンジで塗り出す。ほっぺから目のふち それから額に移り そこでぼくは目をつむることに。何をしゃべるか‥‥。ほぼ済んだかと 再び目を開けて ギョッとした――父の死に顔だ。 『死に顔』といっても 子どものぼくが 見せてもらえたのは『故人との対面』という 通夜のときに棺桶の中の父。事故の傷を隠すために 厚く塗られた化粧 それでも右耳のそばに 隠し切れない隆起が‥‥ 瞼は 開かないように接着剤でとめてあった‥‥  メーキャッパーはぼくの髪をブローし始める。父の頭皮が剥がれたのを 貼りつけ直したらしいところもあったっけ。まるで蝋人形を眺めているようで 思えば 葬儀屋はずいぶん苦労をしただろう。どうやって死体を洗ったのか‥‥ 子どもながらぼくは想像をめぐらし だいぶ大きくなってからも 何かの拍子で あの場面がふと再現されたものだった。でも こんなところで対面するなんて。ハンカチで顔をぬぐいたい衝動を抑え リハーサル。 正面と右手と左手 三台のモニターに映る自分を 必死で見ないようにし てもつい見てしまいゾクッとし 顔には出さないようにしていると体内で ゾクッとが増幅する感じだ。本番がどうなるか と思っていたら オンエアのときにはもう ほとんど何も――慣れとはこういうことか。 画面の中で 死んだ父が何やかや 日本語でしゃべっている。」

 詩は本来、読むのが苦手なのですが、この詩集は味わい深く読むことができました。具体的なイメージが大切にされているからだと思います。ビナードさんは現在、関東圏のAMラジオ「文化放送」の“吉田照美 ソコダイジナトコ”の木曜日コメンテーターとして出演されているとのこと。要チェックの方です。

 →Nature LIfe(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto