人間は1兆通りの混合臭を嗅ぎ分ける
National Geographic News
人間の鼻は、予想以上に多くのにおいを嗅ぎ分けられるという。それも従来の予想をはるかに超える、1兆種類ものにおい(混合臭)を識別できる可能性のあることが、最新研究で明らかになった。従来の嗅覚研究で考えられていた数とは桁違いだ。
今回の研究は、ヒトの嗅覚を厳密な科学的手法でテストした初の試みだと、研究の共著者で、ニューヨークにあるロックフェラー大学の研究者レスリー・ボッシャル(Leslie Vosshall)氏は述べる。
1920年代に行われた研究では、人間は約1万種類のにおいを嗅ぎ分けられるとされたが、この推測はデータに裏付けられたものではなかったと、ボッシャル氏は述べる。
それでも、1万種類という数字はこの数十年変わることなく、おそらくはそれが科学におけるヒトの嗅覚の過小評価につながっていた。
今回、同じく研究の共著者で、ロックフェラー大学のボッシャル氏の研究室に所属する研究者アンドレアス・ケラー(Andreas Keller)氏に電子メールで取材し、万国共通の“よい”においはあるのか、“超嗅覚者”の存在が確認される可能性はあるのかについて話を聞いた。
◆人間が嗅ぎ分けられるにおいは1万種類という従来の数字は、どこから出てきたのでしょう?
この数字は、20世紀初めの理論的研究に由来します。その根拠となったのは、(a)においには4つの基本的性質、すなわち、芳香、酸っぱいにおい、カプ ロン酸の(汗臭い)におい、焦げたにおいがあり、(b)それら4つのにおいを、人間は約10段階の強さで嗅ぎ分けられるという前提です。したがって、 10×10×10×10=1万というわけです。しかし残念ながら、2つの前提はいずれも間違っていました。
◆今回、人間が1兆種類もの混合臭を嗅ぎ分けられるとわかって驚きましたか?
いいえ全く。においを研究してきた私の経験上、複数のにおい成分からなる混合臭が2種類あって、その2つを嗅ぎ分けられないということはまずありませ ん。そして、考えられるにおい成分の混合パターンは天文学的な数字に上りますから、1万種類というのは少なすぎると以前から思っていました。
◆研究では、2種類の混合臭を嗅ぎ分けられるか実験しましたが、これは単一のにおい成分を嗅ぎ分けるのとどのような違いがあるのですか?
特異的無嗅覚症と呼ばれる症状があります。これは、他の点では嗅覚に問題はないのに、特定の種類のにおい、例えばムスク(麝香)のにおいだけが知覚でき ない、というものです。この症状をもつ人は、ある種の単一のにおいを、他の人のように感じ取ることができません。しかし、複数のにおい成分の混合物なら、 一部のにおい成分を知覚できなくても、(残りの)においはわかるわけですから、この症状が結果に影響することはありません。
◆万国共通でよい香り、あるいは悪臭と認識されるにおいはありますか?
約60種類のにおいについて、数百人に好ましさを評価してもらう研究を行ったことがあります。たしかバニリン(バニラの香りの主成分)が最高評価で、イソ吉草酸(チーズの刺激臭の素になっている化合物)が最低評価でした。
ただ、被験者は全員ニューヨークで集めたので、この結果は万国共通とは言えませんね。しかし進化論的な見地からは、果実のにおいが万国共通で快いにおいと認識され、肉の腐敗するにおいが悪臭と認識される可能性が高そうです。
◆“超味覚”の持ち主がいるように、嗅ぎ分けの能力に特別優れた“超嗅覚”の持ち主はいるのでしょうか?
おそらくいるでしょう。人間の嗅覚には非常な個人差があります。その大部分はおそらく(嗅覚)受容体の遺伝的変異によるものです。
しかし、人間の嗅覚を評価する尺度にはいろいろあります。例えば感度や、似たにおいを嗅ぎ分ける能力、混合臭の個々の成分を嗅ぎ分ける能力などですが、そのどれが抜きんでていれば“超嗅覚”と呼べるのかは明らかになっていません。
今回の研究成果は、「Science」誌3月21日号に掲載された。