
はや、一月が過ぎ、2月を迎えた。今日は、山形岳風会山形地区本部の初吟会。顔馴染みになった吟友と楽しい一日を過ごした。長く地区本部長を務めた横山先生がこの席に見えられた。今年100歳を迎えられたという。吟を披露する予定であったが、さすがにこの席での披露はなかった。2年前の「青春とは」が、先生の吟の聞き納めだったのかと、寂しい気持ちがした。だが、90歳を過ぎて一体どれほどの人が、多くの人の前で、朗々と響く吟を披露することができるだろうか。
家康をはじめ徳川三代に仕えた大久保彦左衛門が没したのは、寛永16年(1639)2月朔日のことである。享年80歳であった。当時の武将としては天寿を全うしたといえよう。彦左衛門は、将軍の前でも、臆せずに奇矯な言動をとったことが、講釈師の話に伝えられているが、多分に誇張された話が面白おかしく語られた面が多いだろう。
死に臨んで彦左衛門は、将軍から万石の大名に取り立てるという話が舞い込んだ。彦左衛門はこの話をにべもなく断った。使者が、「貴殿がこの話をお受けになれば、跡継ぎのお子様の幸せでありましょうに」といったが、彦左衛門は、「もし子供が働きがありましたら、自分で得ましょう。私が伝えるには及びません。」と答えて受けなかった。彦左衛門の一途な性格は、むしろこんなエピソードに生きていてのではないか。

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