ドナルド・キーン氏が亡くなられた。碩学である。日本文学研究の第一人者として知られ、文化勲章をアメリカ人として受賞している。東日本大震災に際して、深く心を傷め、日本人を少しでも励まそうと、日本国籍を取得して、日本に永住していた。享年96歳。キーンさんが日本文学に興味を持ったのは、『源氏物語』の読んだこととされているが、実は日本人が書いた日記に心を動かされたのがその原点にある。
キーンさんの著書に『百代の過客』という大部な著書がある。副題に、日記に見る日本人、が添えられている。1983年に朝日新聞に連載された記事を、まとめて本にしたもので、「朝日選書」として上梓されている。9世紀の円仁の「入唐求法巡礼行記」から始まり、主なものを拾うと、「紫式部日記」、「明月記」、「十六夜日記」、「奥の細道」そして明治の永井荷風「新帰朝者日記」に至るまで、実に121に及ぶ日記を取り上げている。
この大部な本の序章に「兵士の記録」という一項がある。太平洋戦争中、軍の仕事に従事していたキーンさんは、戦死した日本兵の残した日記を読むことを仕事にしていた。米軍では、そもそも兵士が日記を書くことを禁じていた。残された日記から、どんな機密が漏れるか知れぬという恐れからだ。日本軍は、日記を禁じなかったので、大量の日記を米軍が入手し、そこに書かれてある記録から、兵士の軍への不満などを読み解き、軍の現状を解析する一助としていた。
キーンさんは、兵士の日記に、仕事を離れて感動を覚え、同情し、日本人のを知ったと書いている。特に感動を覚えたこととして特筆しているは、太平洋上の孤島で、殆ど全滅した部隊で、生き残ったたった7人が過ごした正月の風景である。新年を祝うものとして、彼らが持っていた食料は13粒の豆であった。それを分け合って食べたのが、孤島での正月であった。日本人の性格を知るうえで、キーンさんが重視したもの、それは日本人が書き続けてきた日記であった。