常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

村上春樹『騎士団長殺し』を読む

2019年07月08日 | 読書

雨降りが多くて久しぶりにまとまった長編を読むことができた。村上春樹『騎士団長殺し』全4冊である。購入したのが10日ほど前だから、夜の目が覚めている間は、時間をほぼこの小説を読むことに使った。この年になると、目が疲れ、頭の回転も鈍くなるので、本を読むスピード、理解力を含め、読む作業が以前の比べて衰えてきている。果たしてどのくらいの時間で読み通すことができるか、ということも興味があった。いわば、自分の老化の確認である。その意味では、山歩きにも同じような意味がある。現在の自分が、10、20年前に比べて何%できるか、を意識する。

村上春樹の小説はスピードだけでみれば、90%はいけているように思う。『騎士団長殺し』は、依頼を受けて肖像画を描く画家が主人公だ。共働きの妻との特に変わったことのない日常生活を送っている。ある日、妻から突然、「もう結婚生活は続けられない」と告げられる。主人公は家を出て、友人の父の住んでいた家を借り受ける。雨田具彦、有名な日本画家である。ウィーンで画家の修行をしたが、ナチの台頭とともに、そこを去って帰国。洋画を捨て、日本画家として、画壇の評価の高い人物であった。ぽつんと山の中の一軒家、のような俗世間を離れたところにアトリエ。そこが、主人公の住む新しい家になった。

村上作品には、日常と非日常世界が小説になかに描き込まれる。意識と無意識の世界とでもいえようか。あちら側の世界と日常の世界には、不思議な入り口がある。家の近くに祀られている祠の裏に掘られた穴、板を葺き、石を乗せた石棺のような穴。そこがこの小説のあちらの世界への入り口だ。そこから聞こえてくる鈴の音、その音を確かめるために、肖像画の依頼主が重機で、その穴を掘り起こす。

雨田具彦の描いた日本画、『騎士団長殺し』と名付けられた絵。そこに描き込まれている騎士団長。モーツアルトが作曲したドン・ジョヴァン二の騎士団長殺しの場面が描かれている。雨田具彦は何ゆえにこの絵を描き、屋根裏の隠し置いていたのか。小説はその秘密を少しずつ明らかにしていく。その絵に描かれた騎士団長が、そのままの姿で主人公の前に登場する。あちら側の世界の住人だが、アトリエで絵を描く主人公と不思議な交流が始まる。

小説はこの家の近くに住む実業家とその娘が登場してやはり主人公の絵のモデルなる。絵を描くとという作業が、モデルのうちにある人間の姿を捉えこと。肖像画の画家から、一段深い芸術表現へと進む過程が、克明に説明されていくのも、この小説の肝であろう。その合間に流れるモーツアルトやシューベルトなどの音楽。読むことで心が豊かになっていく気がする。やがてモデルであった13歳の少女の突然の失踪、それを探しながらも、騎士団長に言われてあちらの世界へ入り込んでいく主人公。一気に小説のクライマックスを迎える。その面白さは、夜中の時間をかけて読んでもらうしか、味わう以外に知る方法はない。



 

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