常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

カサブランカ

2018年08月10日 | 

ユリの女王、カサブランカ。純白の大輪

高い香り、贈答用のブーケとしても人気

が高い。わが家のベランダで、昨年花を

咲かせたが、今年は葉のみで花をつけな

い。多分、植え替えの時期を誤ったもの

らしい。

台風一過、まだ少し風が残っているが、

暑い夏がもどってくる。夏には、望雲

の情というものがある。親元を離れて

林間学校などで遊ぶ子どもたちが、山

の端に立つ雲を眺めて、その下にいる

親を思い出すことである。

それにしても、そんな時代から随分、時

間が経っている。せめて、空の雲を見上

げる時間を持ちたいものだ。

夕べゆく雲のつかひにことづてむ

 うはの空なる便りなりとも

          藤原 家隆

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台風

2018年08月09日 | 日記

台風13号(サンサン)が、仙台沖を通過

中。テレビでは、海にできる波の花や白

波の様子を映し出している。時速20㌔と

いう遅い速度で北上しているので、なか

なか台風一過とはならない。この地方で

は少しの雨、風もそれほど強風とはなっ

ていない。

台風の白浪右往左往して 山口 誓子

夏目漱石に『二百十日』という小説があ

る。友人と阿蘇を旅し、台風のなかで山

中で道に迷って往生する話が出て来る。

「時計はもう五時に近い。山のなかば

 はたださえ薄暗くなる時分だ。ひゅ

 うひゅうと絶間なく吹き卸す風は、

 吹くたびに、黒い夜を遠い国から持

 ってくる。刻々と逼る暮色のなかに

 嵐は卍に吹きさむ。噴火口から噴き

 出す幾万斛の煙は卍のなかに万遍な

 く捲き込まれて、嵐の世界を尽くし

 て、どす黒く漲り渡る。」

二人は、道に迷って途方に暮れるが、強

がりの冗談を言いながら山中を右往左往

する。そして、その日が二百十日である

ことを思い出す。

行けど萩行けど薄の原広し 漱石

この遭難寸前の難儀を詠んだものであ

る。この旅に同行した友人は同僚の山

川信次郎教授である。

 

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立秋

2018年08月08日 | 日記

昨日、立秋。台風サンサンが不気味に

列島へ近づいている。日曜日までの猛

暑は一段落、ベランダにはサフランモ

ドキの花が美しく咲いた。鉢に根が詰

まるほど球根が増えたので、春に株分

けをしたので、のびやかにそして濃い

ピンクの色の花になった。

 

立秋は24節季のひとつで、夏至と秋分

の中間で秋を感じ始める頃である。日

本では、本格的な台風シーズンを迎え

る。台風は大きな被害をもたらすが、

海水をかき回して、その温度を低くす

る役割を果たす。北の冷たい空気を引

き寄せる力も持っているので、秋の気

配がただよい始める。

 

何処よりか秋風至る

蕭蕭として雁群を送る

朝来庭樹に入るを

孤客最も先んじて聞く

中唐の詩人、劉禹錫の「秋風引」であ

る。劉禹錫は、左遷させられ20年もの

間、地方官生活を送った。何年経って

も馴染むことのできない地方での暮ら

し、自らを孤客、つまり都に帰れない

淋しい旅人と称した。そんな境遇の詩

人には、かすかな秋風にも敏感に察知

する。

「古今集」藤原敏行が、立秋の日に詠

んだ歌がある。劉禹錫とあまりに似た

秋風の歌である。

秋きぬと目にはさやかに見えねども

風の音にぞおどろかれぬる

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2018年08月06日 | 日記

待ちかねた雨である。数えてはいないが

ひと月ぶりくらいの気がする。しかも、

最上地方で一日で300㎜、通行止めや避

難指示や警報付きの雨である。田が干上

がるほどの日照りの後の、経験したこと

のないような集中豪雨。異常気象という

ほかはない。先ごろの山陽地方の大雨の

ような被害が出なかったことが幸いだ。

 

スサノウノミコトのヤマタノオロチ退治

という神話がある。八つの頭を持つ大蛇

を酒に酔わせて退治するという話だが、

この大蛇は大雨でたけり狂ったように流

れる川に例えられることもある。それを

退治するために用意した酒の甕は、雨を

蓄え、ダムなどを作って、治水工事して

川をおとなしくすることと考えられてい

る。しかし、今年の大雨は、極地的で並

みの甕ではこのオロチをおとなしくさせ

ることは難しい。

 

こんな集中豪雨はあって欲しくはないが

雨なしに生きていけないのも、悲しい人

間の性である。山村慕鳥の詩に「雨の歌」

がある。

 雨がふる

 雨がふる

 さびしい雨滴でも聴かうか

 いや、いや

 さうだ

 鞭うつやうに

 蹴るやうに

 つよく、つよく 

 はげしく

 つよく、はげしく

 ふってくれ

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笙ヶ岳

2018年08月05日 | 登山

笙ヶ岳、山の名にしてはしゃれている。

笙は本来、竹の笛を意味する。この峰を

吹き渡る風が、笛の音を奏でるという意

味あいであろうか。

笙ヶ岳は、標高1635m。鳥海山の外輪

山と位置付けられている。長井政太郎先

生の『山形県地誌』によれば、鳥海山を

コニーデ型複式火山であるとし、西方に

ある西鳥海(笙ヶ岳)の肩に噴火したも

のと記している。この西鳥海に対し、新

山を含む鳥海山を東鳥海山と呼んでいる。

 

朝、5時に出発して大平の登山口に到着

したのが8時。登山口には、地元小学校

6年生と父兄の登山教室100名ほどの団

体がいた。本日の参加者は6名、内男性

2名。標高1000mの地点からの大平コー

スは道がきっちりと整備されて、登りや

すい。小学生たちと、抜きつ抜かれつ、

にぎやかな山歩きになった。小さい子か

ら、「頑張ってください!」と声をかけ

られると少し複雑な気持ちになる。

1時間ほどで見晴らし台に着く。西を見

れば、青い日本海がまじかに見える。象

潟、酒田北港などの高台からの展望も良

好、海風に吹かれているようで心地よい。

本日も快晴、下界では今日も35℃ちかく

まで上昇するらしい。

河原宿で小学校の団体に別れ、長坂道の尾

根道に出れば視界が、一気に開ける。鋭い

鳥海山火口の岩峰がが間近に迫り、そこを

取り巻く山々や草原がのびやかな景観を見

せている。

一方、三峰、二峰から目指す笙ヶ岳へは、

登山道がくっきりと見え、路傍にはニッコ

ウキスゲ、チングルマ、ハクサンフウロな

ど高山の花々の群落が目をなごませてくれ

る。夏休みに加え、週末とあって、たくさ

んの登山を楽しむ人々との出会いがあった。

やはり、こんなに涼風にふかれた楽しい山

歩きは、大勢の人たちと喜びを共有した方

が愉快だ。

11時40分、頂上に着く。三角点はある

ものの山名を記した標識はない。火口部

分だけを見せる鳥海山をバックに記念撮

影と昼食。暖かい夏を楽しむようにたく

さんのアゲハチョウが乱舞している。よ

く見てもアサギマダラは見つからない。

明治の俳人河東碧梧桐の紀行『三千里』

に鳥海山が記されている。

「鳥海山は何等目に遮るものもなく

 ほとんど赤裸々に見える。袖が浦

 という海辺などに出ると、手に取 

 るように近い。稲村岳も生か岳も

 鳥海山の瘤のように見えて、その

 裾は大師岬となって直に波に迫っ

 ておる。」

生が岳とは原文のままだが、笙ヶ岳

を指しているに違いない。

いま、我々は、こんな風に見えてい

る鳥海山の真ん中にいて弁当を広げ

ている。

河原宿から長坂道へ至る道で、ニッコウキ

スゲが咲いていた。もう花も終わりかと、

いう予想を覆して美しく咲いていた。

フデリンドウの濃紫が貴重。太陽に

向かって、花を開いているのを見る

のもめったにない。

夜空に星がきらめくように咲くチング

ルマ。下山するのが、惜しい時間帯で

ある。帰路、アポン西浜の温泉で汗を

流す。疲れた足の疲労がたちまち消え

ていく。

 

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