再び小樽の駅についた私は、伊藤整の生家のあった塩谷に行こうと思った。時刻表をみると二時過ぎまで列車がないことが分かった。駅の時刻は一時を回ったところであったので、私は少し逡巡してタクシーを拾うことに決めた。
小樽の駅前には国道が並行して走っており、その道路標識には駅から左の方向、つまり小樽商科大学とは反対の方向に蘭島、余市と表示されていた。塩谷はその蘭島よりも手前にあるはずだった。車は多く、どの車も泥だらけで走っていた。雪解け水が道路を泥道に変えているのだ。タクシーはすぐにつかまった。塩谷はそこから10分ほどの行程だった。
車に乗り込むと、私は運転手に行き先を塩谷駅と告げた。運転手は黙って首を少し前に振っただけで走り出したが、しばらくすると口を切って私に、今頃なにをする者だと聞いた。
運転手は私を仕事で塩谷まで行くのだと思っているらしかった。あるいは私の手に持っているのは汚れたスケッチブックだけという様子をみて、不審に思ったのかもしれない。私が旅の理由を話すと彼は少し奇異な声を上げて驚いて見せた。そしてこんな所で、今はなにもみるものがない。いい所を案内しようかと、ちらりとミラーで私を見ながら言った。
私はそれを断り、伊藤整の生家を訪ねるつもりだと応えた。
HPのしてんてん
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