のしてんてんハッピーアート

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智慧(知識)のかたち(11)

2016-03-22 | 5次元宇宙に生きる(心)

(庭に咲いた小さな花、株ごと手のひらに乗るサイズ。スミレより上に向いている分好きかも)

 

「虚構と真実がよくわからない」そんな声を頂きましたので、もう少しわかりやすく書いてみます。

真実というのはありのままの世界のことで、これを公空間と言いました。たとえば「私」を公空間の世界から見ると、こんなふうになります。

「私」と「地球」は切り離すことが出来ませんね。つまりそれは一体だということです。地球から切り離されたら、私たちは生きる根拠を失います。「私」が宇宙空間に飛び出しても同じ事です。宇宙の果てに行っても、「私」と地球の関係はなくなりませんね。無限に広がっていく宇宙と「私」はいつだって何らかの関係を持っているわけですし、逆に「私」の身体の極小の世界では、原子の宇宙が互いに関係を持って、「私」を創っています。原子同士がてんでバラバラに動いていたら、私たちの身体は永遠にこの世に生まれることはないのです。

これは私たちが、この旅の最初に見てきたスケールの世界、5次元宇宙の姿そのものです。極大の世界から、極小の世界まで、スケールの世界を観察していけば、どこにも区切ることのできない一つの宇宙空間を見ることが出来ました。私たちの真実は、「私」という存在は、この広大な宇宙そのものだということなのです。けっして鏡に映るその姿だけで完結している訳ではありませんね。

つまり、「私」と「野に咲く花」は別々のものではないということです。「花」も「私」も1なる存在の一部分なのです。この、五次元宇宙に存在する1なる存在を真実と呼ぶのです。

しかし、これを認識しろと言われても、それは無理な話ですよね。「私」も「花」も、それを取り巻く世界のすべてがひとりの主人公だという話は、相手役も脇役もない物語と同じですね。そんな物語は、ただ「あります」としか書けないのですから。

そこで人間は、まず「私」と「そうでないもの」という区分を創り、ことばを発明して、世界を細かく切り取り始めたのです。知識は、そのことばに比例して増えてきました。

人間の認識は、このように、(1なる存在=真実)から一部を切り取って理解するということで成り立っている訳です。

私が虚構と呼ぶのは、まさにこのことです。そこには悪いイメージはありません。ことばの虚構は、この世に人間を誕生させた立役者のですから。

しかし副作用が、この虚構から生まれるのも事実です。孤独感、不安、恐れ・・・・。

私たちにとって負の遺産とも思えるこれらの感情は、虚構から生み出される副作用と言えるものです。それは避けがたいものですが、この事実に光をあてれば、少なくとも闇の中の苦悩を救うことが出来るのでなないかと思うのです。

虚構は、「ことば」の属性です。虚構性があるからこそ、私たち人間はこの宇宙に文化を創り、真実の世界を闇の中から光の中に引きだすことが出来るのです。

人間は「ことば」によって宇宙の摂理からひとり立ちをしたと、どこかで書きましたが、まさにこのことを意味しているのです。

 

ところで、興味深いメールを頂きました。

これは以前、コラボ「心と心」と題して、私が描いた鉛筆による絵画ですが、

「四葉のクローバーは白黒のはずなのに、どうしても緑に見えてしまう。何か仕掛けがあるのですか・・・」という質問でした。

確かに、そこにはある秘密があるのです。

虚構のよき側面として考える機会を与えていただいた思いがいたします。

次回その秘密にふれて見たいと思います。

 

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんにちは (理路)
2016-03-23 05:44:41
いよいよですね!
この秘められた秘密がわかるのは...
次、楽しみにしてます(^^)
返信する
秘密・・・ (のしてんてん)
2016-03-23 08:14:33
これから書きますね。
いつもぶっつけ本番ですので、何時間後になるか。

お楽しみに
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