「神ひと様、こういうことですね」
博士が口を挿んだ。
「私たちの身体は、原子でできています。皆もそれは知っています。それと同じように、神ひと様の身体は、太陽でできているということもこの目で見てきました。つまり原子と太陽は、大きさこそ違え、おなじ一族だと分かったのです。太陽族はものの単位として存在しているのだと。」
「そうじゃ、博士。知っての通り、我らの起原はともに太陽族から始まるのじゃ。」
「ここに来る途中、太陽族の伝説を聴きました。ここにありて、はるか彼方にありしもの。その同じ言葉を、ここでも目にしました。驚いたことに、地球で私が発明した金属と同じプレートに刻まれていたのです。これです。」
博士はプレートを神ひと様に差し出した。博士の真剣な眼差しを、乗組員たちははじめて見たような気がする。何か重大なことが起こっているのだ。
そんな緊迫感の中、皆はただぽかんと口をあけたまま、自分が立っているのも忘れている。
「その銘板を見つけたのじゃな。」
「疑問ばかりです。これは私が発明した金属です。しかしこの金属がここにあるというのは、スケールメタルはすでに誰かが創っていたのですね。」
「驚くのも無理はない。博士。説明が必要じゃの。」
一息入れて、神ひと様は話し始めた。
「見ての通り、わしの身体は衰えてこの病院を続けていくのも辛くなってきたのじゃ。わしの体内にある気が病んでおる。病気という意味を分かってもらえるじゃろうな?」
博士は無言でうなずいた。
「偶然、わしはのこの身体の中に、もとひとの民がいることをに気付いた。わしの身体の一番小さな粒の上に、我らと同じ命が生きている。それがもとひとの民だったのじゃ。」
「わしは、もとひとの民の存在を信じた。そこで我らと、もとひとの関係を研究し続けてきたのじゃ。もとひとの民は、自ら地球と呼ぶ天体の上に棲んでいることも分かった。研究が進むうちに、我らと、もとひとは、相似生命であることが分かったのじゃ。」
「神ひと様、それは私も同じです。違うのは、我らの棲む地球と相似の巨大天体が存在している。その上に神ひと様がおられると考えたことです。」
「偶然とはいえ、我らは互いに見つめ合っていたということじゃの。この宇宙はスケールに支配されている。そして永遠に相似生命が生まれているのじゃ。互いに見えないが、我らはヒト族として皆同じ仲間なのじゃ。」
「太陽族、銀河族、そしてヒト族。この命の輪がスケールの中で、螺旋を描いて存在している。それが私の結論です。」
「そういうことじゃ。」
「わからないでヤす。」
もこりんが不満そうに言った。
「もこりん、お前の身体の中の仲には<もとひと>が棲んでいるということなんだよ。」
博士がもこりんの手を取って、機嫌を取るように優しく言った。
「すると博士、私の中の、<もとひと>から見たら、私は神ひと様ということですか。」
ぴょんたが耳をくるくる巻きにして言った。
「よくわかったね。そういうことなんだよ。」
「わスが神ひと様なんて、はずかしいだス。へんだスよ。」
「ぐうすか、今はわからなくていいんだよ。」
博士がなだめるように言った。皆の気持ちが落ち着くと、神ひと様が再び話し始めた。
「ある日、わしはどうしても、もとひとの民に会ってみたくなったのじゃ。そなたたちが見ている宇宙はわしの意識じゃ。その意識を空間のように眺め暮らすそなたたちなら、わしの弱った気を、浄化してくれるやも知れぬという思いもあった。しかし同族として手を取り合うことが出来れば、我らヒト族の、神として生きなければならぬ苦悩を救いに変えることが出来ると考えたのじゃ。」
博士に言葉はない。ぐうすかはそろそろ眠くなって座りこんでしまった。皆も腰を下ろして、神ひとの様前に扇形にすわった。
「あの金属のことじゃの。我が同族の間を行き来するには、どうしても必要なものじゃった。伸縮自在の金属。それが不可欠なのじゃ。博士の発明か、わしの発想か、それはわからぬ。しかし、わしはそれを自らの意識の中で強く念じたのじゃ。もとひとの民よ、どうか、この金属を手に入れ、わしに会いに来てほしいと、の。」
博士の頬が赤い色に染まった。
「私がスケールメタルを思いついたとき、それは神ひと様の思念が届いていたということですね。このスケールメタルをつくる前から、スケール号の設計図はすでに完成していました。
五次元という、スケールの世界を旅する夢の乗り物のを完成させるために、どうしても必要な伸縮自在の金属のことを、日々考え暮らしていたのです。
夜、考え疲れて眠りこんでいました。不思議なことにその日、夢の中で答えが見つかったのです。興奮して目覚めました。目覚めてもそのアイデアはしっかり残っています。急いでそれを書きとめ、ついにスケールメタルを創り出すことが出来たのです。」
神ひと様の顔にも驚きの表情が現れた。
「なるほど、この金属は、我らが共鳴してつくりあげたのかも知れんの。期せずしてわれらは同じものを創った。しかしわしは、わし自身の中に棲んでいる、もとひとの民、つまりそなた達に、わし自身から会いに行くことが出来ないという、簡単な事実に初めて気付いたのじゃ。」
「スケール号と云えども、自分が操縦して自分の中には入っていけないですからね。」
「そこでわしはその金属をパネルにして銘板を作った。そこに宇宙の伝説を刻み、我ら宇宙の民すべての種族に届けていったのじゃ。太陽族の伝説もその一枚じゃ。そしてひたすら、もとひとの民に向かって発信しておった。会いたいと。」
「神ひと様、我々はやっと会えましたね。」
博士は感慨深げに言った。
「そうじゃ、これもすべて、このスケール号のおかげじゃの。」
神ひと様は、艦長の横にうずくまっている銀色のネコを自分の胸にすくい上げた。
「ゴロニャーン」
スケール号は、今まで聞いたことのない甘声で鳴いた。そして神ひと様の腕の中でぺろぺろとその手を舐めた。
「かわいいものじゃ。」
神ひと様はスケール号を治療台に乗せ、三度スケール号の背中を撫でた。すると、不思議なことに、スケール号の背中に貼られた絆創膏がはらりと落ちて、スケール号は元のきれいな背中に戻っていた。
それを見て一番驚いたのがぴょんただった。なぜかぴょんたは、黒い海で身体を溶かされた時、救ってくれた天使ムカエルの手の温かさを思い出していたのだ。
「さあ、もとひとの民よ、わしのそばに来なさい。元気づけてくれて本当にありがとう。さぞ大変な目にあったのだね。皆のその傷はどうしたのじゃ。」
神ひと様が、扇形にすわっている全員に向かって右手を差し出した。左の腕にはスケール号が気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らして抱かれている。
「神ひと様、お願いがあります。」
突然ぴょんたが立ち上がった。
「何だね?」
「重傷者がいます。チュウスケの手下に、お腹を刺されました。このもこりんです。何とか治療していますが、思うように傷が治らないのです。神ひと様の手でなおしていただくことは出来ないでしょうか。」
ぴょんたはお腹に包帯を巻いたもこりんを指さして言った。
「もとよりそのつもりじゃが、ではもこりん、先に来るがいい。この治療台に乗ってご覧。」
もこりんはもじもじしながら、神ひと様の前に進み出た。そして治療台によじ登り、横になった。
「もこりん、痛いのによく頑張ってくれたの。礼を言うぞ。わしからの感謝のしるしじゃ。」
神ひと様はもこりんの包帯にそっと手を当てた。治療台と同化しているココロサワリのつたがかすかに光を放ちはじめた。つるの中を血球のようなものが流れているのだ。
「気持ちがいいでヤす。」
うっとりとするうちに、もこりんの包帯がはらりと落ちた。傷は跡形もなく癒されているのだった。
「神ひと様、もう痛くないでヤす。ありがとうございヤす。」
もこりんはうれしさのあまり、神ひと様に抱きついた。
「これこれ、もこりん。今のわしにはお前を抱き上げる力がないのじゃ。」
神ひと様はうれしそうに言った。
「ぐうすかの頭の傷もお願いします。」
ぐうすかは治療台の上で、三度頭をなぜなぜされた。
そしてぴょんたはそっと右手を包まれた。すると光線銃で撃たれた傷はみるみる癒されていくのだ。
「ぴょんた、そなたは良き医者じゃ。ぐうすかの傷をよく手当したの。なに、診ればわかる。わしも医者の端くれじゃからの。」
神ひと様は、まるで見ていたように言ってぴょんたをねぎらった。
ぴょんたの目に赤い涙が浮かんだ。
艦長はほっぺを。博士は、握手をするふりをして、自分でたたいた指を治してもらった。
「ありがとうございます。」
全員神ひと様に向かってお礼の頭を下げるのだった。
「でも、神ひと様、こんなに上手に怪我を治してくれるのに、自分の病気は治せないのでヤすか?」
すっかり打ち解けたもこりんが、言い出した。
「自分の気は、治せなくもないがの、なかなか難しいことなのじゃ。じゃが、そなたたちがわしの気の中を旅してきてくれたおかげで、随分元気を取り戻したのじゃ。これでおあいこじゃの。」
皆は初めて、神ひと様の笑う姿を見た。つられて全員が笑い出した。その笑い声に押されたのか、あたりを取り巻いていた霧が晴れてきた。朝が来たのだ。
不思議なことに、真っ白だった隊員たちの姿も、もとの色に戻っていた。それもしっかり洗濯したように、新調された色になっていた。長旅の汚れはすっかり消えていたのだ。
「不思議でヤすな。ぐうすかのこぼしたソースの後もなくなっているでヤすよ。」
「もこりんのシャツもだス。」
「本当だ。血の汚れも、それに穴までなくなっている。」
「艦長の服も博士の服も、新品だス。」
皆はぴょんたを見て、やっぱりという顔をした。白いままで変わり映えしないのだ。
「しいて言えば、すっきりしたような。」
艦長が慰めるように言った。
ところがぴょんたはなんだかうれしそうだった。朝を迎えた島の中で、神ひと様と同じ白い色は。ぴょんただけだったのだから。そして間違いなく二人は病院のお医者様なのだ。
いつの間にか、白一色に見えた世界が、きれいな花園に一変していた。神ひと様の座っていた台座には見事な花の彫刻が施されていた。湖はコバルト色に澄み渡り、魚らしき生き物がのんびり泳いでいるのだ。もこりんが湖に近寄り、なんとなくココロサワリの水の妖精を探したが、見当たらなかった。
つづく
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宇宙の小径 2019.9.14
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苦しみと向き合う
人生は苦なり
苦は
人生を彩る
なぜ人生は喜びだと言わないのか
不思議に思うことがある
なぜって?
振り返ってみたら
苦悩と同じ量だけ
喜びを経験してきた
否定できない事実があるのだから
なぜ苦悩だけ
心にいつまでも残るのだろう
私が思うに
神様が
苦悩を見つめてほしいと思っているんだ
きっとそうなのだと
ひらめく瞬間がある
苦悩の先に
新しい
光が
見えたその時
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