「博士、これは。」
「スケール号が、このプレートの文字を解読したのだ。」
「この言葉、聞いたことがあります。」ぴょんたが言った。
「そうでヤすね。えっと、どこでヤしたかね。」
「確か、ここにありて、はるか彼方にありしもの、我ら、太陽族の生まれた理由がそこにある。お日様がそう言っていただス。」
「そうそう、お日様が言っていましたね。」
「太陽族の伝説だと、確かそう言っていたな。」艦長も思い出した。
「何か関係があるのでしょうか。」
「世界はすべてつながっていると言うことなのかもしれん。あるいは、・・・」
最後の言葉は博士の頭から出て来なかった。言葉に置き換えられない思いが博士をとらえていた。
「そうだ、石棺の中、」
艦長が思い出したように叫んだ。
石の蓋を動かしていて途中だった。わずかに中が見えていた。再び石の蓋にとりつき、少しずつ蓋を移動させていった。ついに白い光に照らし出された石棺の中は何だったのか。
「これは、」
皆は息を飲んだ。
「博士、これは何です。」
「不気味だスな。」
「気味が悪いでヤす。」
石棺の中にあったのは、花をつけていた植物の根の塊だった。ぐるぐるに巻き、もつれた植物の白い根が横たわっていたのだ。根の塊は人の形をしていた。まるで人の抜け殻のように、空になった根の塊。それはあたかも、横たわった人の上に、植物の根が網の目のように巻き付いた後で、人だけが消えてしまったような不気味な印象を与えた。
「一体、何がどうなったのかさっぱり分かりません。」ぴょんたは呆然として頭を振った。
「神ひと様はどうなってしまったのですか。」艦長は博士に聞いた。
その時、
「わしはここにいるぞ。」
柔らかく丸い声が、皆の頭の中に小さく響くように聞こえた。
「神ひと様!」
全員が声を上げてあたりを見回した。しかし石棺の周辺は深い霧がかかって見通せないのだ。
「神ひと様!どこにおられるのですか。」
「わしはここにいるではないか。」
今度は声のする方向がわかった。皆は声の方を向いた。石棺の奥に立ち込めた霧が動いて、台座に横たわる人影がかすかに見えた。
「神ひと様ですね?神ひと様ですね。」
艦長が歩み寄った。霧の中で身を起こす人の姿がおぼろに見えた。
「そなたたちは?」
「申し遅れました。私たちは神ひと様に会いに来たものです。」
「神ひと様、心からお会いしたいと思っておりました。我らは地球の人間です。神ひと様の中を旅してまいりました。お会いあできて、本当に良かった。」
博士は感動のあまり、眼に涙をためていた。
「何、地球と申したか。では、そなたたちは、もとひとの民と申すのじゃな?」
神ひと様は目を見開いて、整列したスケール号の面々を見た。
皆はその前に立ったまま、台座にすわった神ひと様の姿とはじめて対面したのだ。神ひと様も全身真っ白だった。白い髪が肩まで達し、くぼんだ眼窩に深いまなざしが宿っている。
「よかったでヤす。死んだとおもったでヤすよ。神ひと様。」
「でもどうしてこんな墓場にいるのです?」
「怖かっただス。でも生きていてよかっただス。」
皆は矢継ぎ早に口を継いだ。
「ここは墓場ではない。病院なのじゃよ。」
「病院ですって?」ぴょんたが真っ先に反応した。
「でも、これは石棺でヤすよね。」
「いやいや、それは治療台なのじゃよ。この上に横たわって、身体を癒すのじゃ。」
そう言われて見れば、石棺と思っていた蓋は、中ほどに、人が寝転がるたびに削られたような跡がある。人型に石の表面が変色して光沢がある。
「でも、この中は・・・」
ぴょんたが人型の空が出来た、木の根のかたまりを指さした。
「何、わしが眠っている間に、これを開けたのじゃな。」
「申し訳ありません。いるはずの神ひと様に会えずに、必死で捜索しておりました。神ひと様のものを荒らすつもりはありませんでした。すぐに直します。」
「いや、よいよい。」
そう言って神ひと様は、ゆっくり立ち上がって、石の治療台に歩いてきた。
「この中のものは、気を整える装置でな。このつたの根の力を使わせてもらっておるのじゃ。」
「大きな花が咲いていて、石の蓋を動かそうとしたら、花びらが落ちて、みんな逃げて行っちゃいました。」
「最後に、ぷかぷか風船みたいなのがとんでいったでヤす。」
「それは驚かせてしまったの。このつたは、ココロサワリと言っての、夜の内に心の養分を集めてくれるのじゃ。大きな赤い花が見えたじゃろ。心の養分があの花に誘われて集まり、この根に蓄えられるというわけじゃ。」
「心の養分って、なんですか。」
ぴょんたが興味を持って聞いた。
「気じゃよ。この世界をつくっておる意識のことじゃ。それに、そなたらを驚かせた花じゃが、あれは水の精と空の精なのじゃ。毎夜やって来て、気を集めてくれておるのじゃ。夜明け前になると自分の世界に帰っていく。そなた達のせいで散ったのではない。分かってくれるかの。」
「そうだったのでヤすか。」
「私たちは、たまたま夜に着いてしまったのですね。」
「そういうことじゃの。もうすぐ夜が明けるじゃろう。」
「よし、みんな、台を元に戻すぞ。」
艦長が号令をかけて、診察台の石の蓋が元に戻された。
「神ひと様は、どこか悪いのだスか。」
「身体の気が乱れておったのじゃが、そなたたちのおかげで随分良くなったようじゃ。礼を言わねばなるまいの。もっともわしは、医者でもあるのじゃがの。」
神ひと様は胸に両手を置いて、ゆっくり頭を下げた。
「私たちのおかげですって」
「神ひと様はお医者様だったのですか。」
「病気はもうなおったのでヤすか」
「だスか」
みな一斉に口を開いた。もっともぐうすかは見かけ倒しの業を使っただけなのだが。
「わしはこの不調を治そうと、瞑想して同族に助けを求めておったのじゃ。だが本当に同族のそなたたちがやってくるとは思いもしなかったのじゃが。まさか夢ではあるまいの?本当に実現してしまうとは。」
神ひと様は驚きと喜びを重ねあわせたような表情を、穏やかな身のこなしの上に現わした。
「神ひと様、何から聞いていいのか、・・・・分からないことがたくさんありすぎて。」
艦長がつんのめるような言い方をした。
「何なりと、わが同族、もとひとの民よ。」
神ひとが静かに答え、全員を見回しながら穏やかに言った。
「えっ、なんでヤす、さっきからもとひとの民って言ってるでヤすよ。」
「なんだス?もとひとの民っで、聞いたことないだスよ。」
「私たちのことらしいですね。艦長。博士、分かります?」
神ひと様の前で、スケール号の面々は互いに顔を見合わせ、おどおどしながら輪をつくった。その輪の中から艦長が顔を上げた。
「神ひと様、もとひとの民というのは、その、私たちのことなのですか。はじめて聞くのですが。」
「その通りじゃ、もとひとの民よ。そなたたちは、わが同族なのじゃ。」
「神ひと様と同族?神ひと様は私たちの神様なのでしょう?」
艦長が目を丸くして聞いた。
「この身体を見るがよい。」
神ひと様は、おもむろに体を広げ、自分の胸に両手をあてた。
「この身体は、どうしてできているか、そなたたちはそれを見ながらここにやって来てくれたのではないのかな?」
「もちろん、私たちは地球からやってきました。ですが、私たちはただの人間(モグラやウサギもいますけど)です。」
「そなたたちは何を観てきたのじゃ。」
神ひと様は少し顔をひきつらせた。
つづく
-------------------------------------------------
宇宙の小径 2019.9.11
--------------------------------------------------
科学
私情をはさまないものの考え方
科学的な眼差しというのは
客観的で冷静
万人に通じる約束事で成り立つ言葉を使い
事実を観察して
言葉と世界をつないでいく
人類の共有財産だ
宇宙は
科学が解き明かしてこそ
曇りなく信頼できる
ところが
「私」は何が解き明かすのだろう
「私」をすべて科学に明け渡すことが出来ない
そんな思いを消すことが出来ないのだ
なぜなら「私」は
言葉で語れないから
心は
科学と「私」の狭間にある
生きるということは
そのバランスの上に成り立っているのだろうか
心の世界は
空想の頭と現実の肉体を持った
スフィンクスが
咆哮している
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます