不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)19 Q&A1

2020-10-17 | 般若心経を読み解く(五次元)

風景としての空体  f10号キャンバス

 

シリーズ「般若心経を読み解く?」の最後に、全体にかかわって、Q&A形式で補足してみたいと思います。

第一回は、最も基本的な疑問から取り上げます。

 

Q:般若心経と量子力学を並べて考えるのは火に水を注ぐようなもので納得いきません。論理に矛盾が見えなければ見えないだけ不審に思います、ホントかなという思いが強まります。

一体何が言いたいのですか。

 

以下Qの疑問を受けて私の思いを書いてみます。

 

A:それは真理は一つという考え方に基づいているからです。

この疑問は自然に生まれてくると思います。全面的に受け入れます。

まさにその通りです。ですが、私はこう考えるのです。

真理はただ一つ。ということです。

では真理は何処にあるのでしょうか。

そう考えた時、唯一の答えは、{真理はこの「私」が居るということ}に尽きます。

 

「私」とは今これを書いている(のしてんてん)自身のことであり、その一方で今これを読んでいるあなた自身のことです。あなたはあなた自身のことしか分かりませんし、私(のしてんてん)は私のことしか分かりません。つまり誰もが「私」以外のことは分からないのです。それを確かめようとしても人の心の内側を見ることは出来ないですね。これが真理を象徴しています。

つまり真理とは「私」のことなのです。

それは「般若心経」でも「量子力学」でもありませんね。それらは真理を知るための道具なのです。

ではなぜそんな相反する考え方を引き合いに出すのかということが問題なのですが、それは「私」という真理を考えるのに都合がいいからです。

その理由はいろいろありますが、最大の理由は互いに補完し合うからです。

量子力学の立ち位置から見れば、真理は科学にあると思い込んでしまう危険があります。もしそう考えれば科学は「私」からどんどん離れて行きます。

なぜなら科学ではたとえば「私」は「X+Y」だというふうに説明しますね。どこまで行ってもその説明は続きます。より精密により正しく説明は確かに真実に近づいて行くでしょう。しかしそれは「X+Y」の正しさを限りなく細分化して説明するだけなのです。結局それだけで「私」は説明しつくせないし、ましてや観測できるものではありませんね。どうしたって「私」は丸ごとで「私」なのです。それ以外にありえません。

しかしそうはいっても、私はこの科学のやり方を否定しません。これもまた「私」という真理の一つの側面であり、私達がその恩恵を受けているのも事実です。

問題は科学万能主義に陥らないことです。そうでなければ「私」は「説明」であり、結局ロボットと同じだということになるかもしれません。そこまで行くと違うと言いたのです。

それを引き戻してくれるのが「般若心経」だという訳です。般若心経は科学の陥る間化の闇からの救いになるのです。

その一方で、般若心経で語られる空観は難解で凡人には難しすぎます。

古来よりそれを会得するために厳しい修行をしたという話はいくらでもあるように、日々ぐうたら過ごす私のような凡人にはとうてい無理な話です。

しかし量子力学は、厳しい修行をしなくともこの空観を理解させてくれるのです。触れることも見ることも出来ない空を、あたかもそこにあるものとして認識させてくれるのです。そうなったら空に触れることさえ出来ることに気付くでしょう。

空を理解するために、量子力学の思考方法から次のように考えを運ぶことが出来ます。たどってみましょう。

 

動く力をエネルギーと考えれば、たとえばこんなふうに納得できます。

1 空間はエネルギーで満たされている、分解できないただ一つの存在である。

2 物質はそのエネルギーの一部が固まって出来たもの。

3 物質が空間に浮かんでいるのは空間エネルギーが弱いためである。強い物質エネルギーを弱い空間エネルギーが取り囲んでいるのが宇宙である。

4 エネルギーは波としてイメージ出来る。

5 全ての波は波長で表せる。波をイメージすれば頭の中で空間を具体的に思い浮かべることが出来る。なぜなら空間は無限小から無限大までの波長をもつ波で埋め尽くされているから。波のスケールを思い浮かべれば空間の位置が特定できるのである。

6 スケールの概念とは、つまり全世界を波長のスケールで思い描く能力の事だと分かる。これによって無限小から無限大の波長の世界を頭の中に思い浮かべることが出来るのである。これが空間の正体だと考えられる。

7 空とはすべての根源である。これは色即是空 空即是色そのものである。

8 般若心経の空は、スケールの概念を持つことで可視化して理解できるのである。

 

このように量子力学は空の概念を私達に与えてくれるのです。最後には五次元の考え方も混ざってしまいましたが、このように互いに引き合うことで理解が深まるのです。

砕いて言えば、「私」を知るためには「般若心経」と「量子力学」の綱引きが分かりやすいということです。運動会の綱引きのように、ぴんと張った綱の中心に赤い布がついています。力が拮抗して中心を示す白線の上で赤い布が動きません。この赤い布が「私」の位置を示してくれているのです。

赤い布の位置が分かったら、「私」はそこに行って何も考える必要はありません。ただ立っていればいい。そうなるとやるべきことはただ一つ、笛を吹いて綱引き終了の合図をおくるだけ。両者引き分け。あとは双方に対するこだわりを捨てたら、そこに「私」という真理だけがその中心に残っているのです。

ところで、般若心経と量子力学のどちらに重心を置いているのかと問われれば、迷わず般若心経と応えます。

なぜなら、量子力学は科学的論理によって行われる真理の探究です。論証と実証を繰り返し、真実を分解し分析してその仕組みを知ろうとします。その作業は際限なく続くでしょう。その間に私などは答えを知らぬまま、いつの間にかこの世からいなくなっているでしょう。

一方般若心経は、一瞬です。今ここであなたは真実を知るだろうと云っているのです。その正否はとりあえず置いて考えても、真理を知るにはこの方法しかありません。私は遠からず死んでしまうのですから、今知らなければ機会を失うことになりますね。

その上般若心経の最も信頼できることは、もし真理に出合うことになったらこの般若心経そのものを捨ててしまいなさいと書いていることです。

もちろん直接そう書いている訳ではありませんが、経文の中の「無苦集滅道」がそれです。

苦集滅道というのはお釈迦様の教えそのものと言えるのですが、「私」の真理に達したらもうそんな教えはいらない。そうなったらお釈迦様の教えは無用。「無苦集滅道」だと言い切っているのです。この清々しさに私は本物を感じます。

 

いずれにしても、真理である「私」に出逢ったら、般若心経も量子力学も忘れていい。大事なことは真理の「私」に気付くことなのです。

何が言いたいのですか?という問いに対して答えるなら、ただ真理を知るためであり、その真理は「私」=「空体」という理解につながって行く。ということを言いたかったのです。それは吾は空なりを理解する方法なのです。

もっともこの一連の心の旅は、最初から「空体」という言葉を知っていて、そちらに向かって誘導してきたものではありません。その時々の「私」を感じ、体験しながらそれを言葉に置き換えて行く作業の結果行き着いたのが「空体」だったということです。

それはある日、「身体」というイメージからはじけるように生まれた言葉でした。考えを重ねなければ出てこなかった言葉です。

それまで心という存在をなんとなく分かったつもりでおりましたが、今から思えば「身体」という言葉のイメージがあまりにも強かったということです。なんとなく分かっていても「空体」を具体的に思い描く思考のとっかかりが無かったのです。

その最も大きな原因が、空間そのものを認識できないということにあったのです。空だけを頭に思い浮かべることは出来ませんね。たとえそれが真実だとしても、これがその空だと云って取り出して見せることは出来ないのです。

その空を認識する手段が、般若心経と量子力学を重ねあわせた交点に見えて来た。それが五次元の考え方だったという訳です。

 

五次元の宇宙モデル

五次元では白地(空間)を実体と考える

 

念のために次元の違いによって世界の見え方が変わっていくという、その進化の流れを下記に書いてみます。五次元がその流れの中にあることを知って頂くために。

 

●0次元・・考え方を持たないものの世界観。今在るという点だけの世界で動きを認識できない。(たとえば植物)

●1次元・・世界は一本の線で出来ているという考え方で、前と後ろしかない世界観。線だけを認識して広がる世界。(たとえば土中のミミズ)

●2次元・・一本の線に対して垂直に交わる線の概念を習得することで広がる平面の世界観。(たとえば犬猫)

●3次元・・面に対して垂直に交わる線の概念を身に着けることで、立体空間を思い描くことが出来るようになる。空間の広がりを認識できる世界観。(たとえば鳥や魚)

●4次元・・さらに時間の概念を手に入れることで認識できる世界観。空間の中にある物質の存在を知り、その変化を見守る世界。物質を主体に考える世界観。(今ある私達人間)

●5次元・・スケールの概念によって見えない空間を認識する世界観。空間を具体的に把握することで、空間が肉体を包んでいる空体だと認識できる世界観。その大きさは宇宙丸ごとであり、それが自分の「からだ」だという認識も可能。空間を主体にして考える世界観。(次世代人間?)

 

ここで使う次元という言葉は、世界の姿を頭に想い描くために必要な考え方の判断基準、つまり世界を測るための道具のことです。次元の数は、そのものが持っている認識の道具の数のことで、次元を一つ収得するだけで世界は劇的に変化して大きく見えてきます。

ですから、数学上で使われる図形的な次元や、特殊な世界のことを現したものではありません。あくまで人間の通常持っている認識能力のランクを表したものです。

 

問いに対する答をもう一度要約しますと、般若心経も量子力学も、それは真理を説明しようとするための方便であり、私が提唱する五次元もまた同じということです。例えて言えばこの三つの窓から真実を眺めたら大きく視野が広がって、何も無いと思っていた空間が実は自分の「からだ」に見える。という話なのです。

真実を見る覗き窓は人の数だけある。誰もが真実とつながって生きている。これは覆されない真理だと思うのです。

 

次回は空体についての Q&A です。

 

 

(以下参考記事)

 

(私の体験)

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)18 私の体験6

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)17 私の体験5

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)16 私の体験4

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)15 私の体験3

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)14 私の体験2

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)13 私の体験

(量子力学を考える)

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)12 量子力学との合流4

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)11 量子力学との合流3

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)10 量子力学との合流2

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)9 量子力学との合流1

(般若心経をどう理解するか)

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)1

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)2

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)3

般若心経を読み解く?(五次元的解釈)4

般若心経を読み解く? (五次元的解釈)5

般若心経を読み解く?  五次元的解釈)6

般若心経を読み解く? (五次元的解釈)7 一部加筆

般若心経を読み解く?   (五次元的解釈)8 追補

(以下は数回分をまとめた長文です)

凡人の語る宇宙論(アインシュタイン讃歌E=mc2)1

凡人の語る宇宙論( アインシュタイン讃歌E=mc2)2

 

 


コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 般若心経を読み解く?(五次... | トップ | 般若心経を読み解く?(五次... »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
この試みに「良いなぁ」と想いて (人生の素人:折師)
2020-10-17 17:27:03
 『Q&Aのように1問1答形式で、まず総括的な答えを』凄く良いアイデアと想いましたし、答えとその謙虚さはいつもながらお見事です…!

 これは私の感覚ですが※勝手な個人感をご容赦を…
『昔の人は、
 広大な自然の中の自分(例:一面の野原の中央での自分)と小さきものに対しての大きな自分(例:自分に対しての小さな虫や砂といった存在)
を日常的に感覚で理解できていた…

 これが量子力学(世界から物質を見る視点:物質から逆に世界へと作用する視点)に似ている と感じています。』

 今もですが、のしてんてん様の「空間・スケールの概念」は感覚的に『いいなぁ~、うん、いいものだなぁ~~』と想っていたりします。

 長文失礼いたしました! 改めていつも興味深く拝見させて頂ております。
返信する
おはようございます (のしてんてん)
2020-10-18 08:21:40
おはようございま^す^
すっかり秋が深まりましたね。今年は久しぶりに街路樹の銀杏を拾って、佃煮を造りました。
コメントありがとうございます。

「勝手な個人感をご容赦を…」と断られていますが、容赦などおこがましいことです折師様。
自然の中のちっぽけな自分と、足元で忙しく歩いている蟻の行列を見ている山のような自分。無意識のままそんなことをイメージしていました^ね^
ガリバー旅行記や、ミクロの決死圏(だったと思う)の小さくなって体内に入っていく映画など、スケールを意識した話もありますし、量子力学の世界になるとこれ以上小さくならないような素粒子に思いをはせて、それを観測しようとして光をあてたら素粒子をはじいてしまうので観測できないなんて、想像も出来なかったスケールの世界を見せてくれますよね。
このスケールの世界を保証しているのが唯一の空間だと考えると、人間は昔から意識の中に空間を持っていて、それがどんどん鮮明な意識に変わってきていると感じているんです。
いつかそれが、意識の中で概念という形をとって、人類共有の世界観になるのではないか・・・そんなことをもう半世紀以上考え続けているんだなあと、あらためて思いました^よ^

折師さん、ありがとうございました。
返信する
こんばんは (延岡の山歩人K)
2020-10-19 21:27:13
自分たち 下級凡人には
Qの意味も よく理解できませんが
もちろんAも・・
でも
 >真理は一つという考え方に基づいているからです
 >{真理はこの「私」が居るということ}に尽きます。
理解しがたい中でも
なんとなく、なるほどと思ってしまいます。

お話は変わりますが
海岸の洞窟で 小さなお社に
画伯様の昇竜をイメージしてしまいました。
是非一度 拙ブログですがご覧ください
 ↓
「日向市 龍宮(鵜戸神社)は、
龍が天に昇る 断崖のパワースポット です。」 ↓
https://blog.goo.ne.jp/yamakawa_trek/e/cb59491cee00a8a1b287166f35762868

返信する
延岡の山歩人K様 (のしてんてん)
2020-10-20 09:51:18
下級凡人に思わず笑ってしまいました。
上級山登り人様と呼ばせて下さい。

ご紹介の日向市竜宮、真っ先に飛んで行って見せて頂きました。あんな見事な光の龍をはじめて見ました。
安藤忠雄の光の十字架教会も驚きましたが、こちらは天然の光の龍。驚き倍増です。
心が騒ぎます。

この「私」が居るということ
理屈で言うとそうなりますが、延岡の山歩き人様が日々山歩きされている事こそ、真理でございます^よ^おやまごはんは至福この上ないことだとお察しいたしま^す^光と風、空のただ中に腹ごしらえ。行きたいなあ~
返信する

コメントを投稿

般若心経を読み解く(五次元)」カテゴリの最新記事