なんとなく話が一区切りとなってしまった頃であった。
それまでは気付きもしなかったのだが、私達の話を聞いていたのだろう里依子の隣に座っていた男がいきなり会話に割り込んできた。そして彼女の職場の仕事についての話を始めた。
里依子は嫌がりもせず、笑顔でそれに応えた。それは私には分からない話だったが、里依子の態度に引きずられて少しは私も愛想笑いをしたに違いない。
男は里依子の仕事と同じ関係者らしく、よくその内情を知っていて次々とそうした話を始めた。
男はよく太り、人のよさそうな顔をしていた。人恋しいのか、単なる話好きなのか分からなかったが、なにやら話し終わったかと思えばまた次の話を始めて、そのたびに里依子は笑って応えた。
最初のうち、私はそれを面白そうに聞いていたが、その男のいつ終わるとも知れない内輪話に長い間引き回されてゆくことに苛立ち、私は彼を無神経な男だと思い始めた。
男のそうした話は私の知らない職場の生々しい一端をうかがわせてくれ、会話の中で見え隠れする人の良さは私の気を悪くする類のものではなかったにもかかわらず、このような形で私と里依子の会話を奪ってそれに気付かないこの男を椅子から突き落としてやりたい衝動に駆られた。
しかし里依子はよくそれに応えていた。男の際限ない話は、彼女をも疲れさせるようであったが、里依子のにこやかな対応が続く以上、私は自分を抑えようと思った。何よりここは里依子の生活の場なのであって、私は風致も知らぬよそ者に違いなかった。男を椅子から突き落とすのは簡単だが、それによってこうむるであろう里依子への被害がどんなものであるのか想像さえつかないのだ。
HPのしてんてん
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