「こんな事を考えるには手紙を書くときだけです。」
普段は何も考えないで過ぎてゆくというのであった。里依子からやってきた何通もの手紙には、よく彼女の日常のこまごましたことが書かれており、私はそこから里依子の人となりを感じ、その温かさと明瞭さに強く心惹かれていた。そこにははつらつとした透明感があったが、その間合いに深刻な人生への思いを綴りそして迷うのだ。
そして私もまた同じ波長を里依子に発していたために、互いの手紙のやり取りは回廊を巡る巡礼者のように先に進むことが出来なかったのだ。
そのことを里依子は感じていたに違いない。そして最後に言った彼女の言葉は、きっと本当だろうと私は思った。それでいいのだという思いを体で表すために私は里依子を優しく見つめそして心からの笑顔を送った。
考え過ぎることは決して自分のためにならないだろう。しかし考えてもみないというのでは自分の人生を味気ないものにしてしまう。まるで清らかな浜辺のなぎさのように、苦悩と喜びを繰り返す里依子の初々しさ。その波頭を照らす光になれたらどんなに素晴らしいだろうかと、ひそかに私は思い生ぬるくなったビールを口に運んだ。キラキラと光る波頭の砂に吸い込まれていく様をふと思いながら。
HPのしてんてん
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