二岐温泉はつげ義春が昭和43年『ガロ』に上梓した作品「二岐渓谷」(現在は双葉社『リアリズムの宿』に収録)に登場する温泉地で、福島県会津地方と中通り地方の境界の山間の渓谷に位置しており、作品中の言葉を借用すると「宿屋が崖にしがみつくように点在して」いる実に鄙びた湯治場です。
駐車場に車をとめて川の方へ下ってゆくと左手に別の旅館が、そして右手に今回紹介する湯小屋旅館が建っています。他の旅館は改築を重ねて旅館の名に恥ずかしくない外観を保っているにもかかわらず、この湯小屋旅館はそれに反して昔ながらの草臥れた建物で、玄関に至ってはトタン葺きの屋根が傾いていて営業しているのかどうか怪しく思われるほどです。
玄関を上がって料金を払い、館内の通路及び階段を下ってちょっと離れたところに浴室がありました。浴室には男女別の内湯と混浴の露天風呂がありますが、露天風呂へは男性用内湯を通ってゆく必要があります。内湯には塩ビのパイプ2本から熱めの源泉が掛け流されており、湯口においてあるコップで無色透明のそのお湯を飲んでみると、石膏泉ならではの味と匂いが感じられます。また体をお湯に沈めてみると石膏泉のトロミ、キシキシ感、そして湯面できらめく青白い光を楽しむことが出来ました。
一方露天風呂は手を伸ばせば二岐川のせせらぎが手に届く位置に湯船が設けられており、大小2つの岩風呂となっています。上述「二岐渓谷」でつげ義春が入った露天風呂は渓谷沿いにあって、宿泊した晩の豪雨の際に川の濁流に飲み込まれてしまったとありますから、もしかしたらこの湯小屋旅館の露天風呂をさしているのかもしれません。
浴槽と渓流を隔てる岩には緑色の綺麗な苔がびっしり生えており、渓流の流れや岩風呂を覆う木々の緑と相俟って何とも言えない落ち着いた雰囲気を醸し出しています。訪問時はちょうど新緑の頃で、葉を透けて輝く日の光が眩しい季節でしたが、秋の紅葉の時期になるとまるで絵画の中にいるような美しい世界が待っていることでしょう。
お湯から上がって宿を出ようとすると、宿のおじさんが「どうぞ遠慮なくお茶でも飲んでいってください」とお誘いくださるので、お茶を頂きながらいろいろとこの宿についてお話を伺うと、この旅館は一度閉じてしまったのですが、それを惜しんだ有志が集まって再興させ、週末だけ営業させているのだそうです。また店番もその有志が交替で担っており、私が訪れたときの店番の方は郡山から来ているとのことでした。語り口調がとても柔らかい方で、お湯でホッコリした私は心まで温められました。
男性内湯
渓流沿いの露天風呂
露天風呂の隣を流れる二岐川
浴室への通路。当宿のかつての看板が掲げられている
露天風呂から山側を見上げると擁壁に治山工事の銘板がはめ込まれていました。
下段の擁壁には昭和45年度とあるので、つげ義春が体験した豪雨や川の濁流に
関係しているかもしれません。
カルシウム-硫酸塩泉
福島県岩瀬郡天栄村大字湯本字下二俣22-7 地図
0248-84-2210
10:00~16:00 週末のみ営業(平日休み)
500円
私の好み:★★★