

岡山県・湯原温泉の象徴とも言える露天風呂「砂湯」は、西日本のみならず全国の温泉ファンにも知られている露天風呂の代表選手でありますが、有名なものを敬遠してしまう天邪鬼な私は、これまで岡山県へ何度か訪れているにもかかわらず、この有名な露天を恣意的に避けておりました。しかしながら、いい年して天邪鬼はみっともない、食わず嫌いは良くないと心を入れ替えて、先日初訪問を果たすことにしました。
「砂湯」へと向かう遊歩道のゲート付近に設置されている石のモニュメントからは、当地の湯量の豊富さを誇示するかのように、湯原のお湯が絶え間なく落とされていました。

温泉街の最上流部に高く聳える湯原ダム。あのダムの下に、これから目指す「砂湯」があるわけですね。ダムのすぐ下流側に温泉街が広がっているといえば、関東人の私としては上州の四万温泉を思い出さずにはいられませんが、湯原の場合はダムと温泉街との距離が近すぎ、ダムサイトの無機質な無彩色が威圧的に感じられてしまいます。


ゲートから2~3分歩いたところで、お目当ての「砂湯」に到着です。本当にダム直下にあるんですね。開放的な佇まいの露天風呂が3つほど、川原に設けられていますが、当地きっての観光名所でありながら、訪問時は運がよいことに先客が誰一人いなかったので、この好機に各浴槽の様子をカメラへ収めることにしました。


入浴する前に、まずは注意書きに目を通します。「入浴指南」によれば、湯原温泉ではかつては全てのお風呂が露天だったそうでして、「砂湯」はその伝統的スタイルを継承しているんだとか。お湯は全て掛け流しですが、洗い場などは無いため、衛生的観点から入浴にはちょっとした注意が必要とのこと。「入浴指南」に続く「心得」の項では、その注意に関する説明があり、「下を清めよ」はもちろんのこと、「湯尻より入り上より出よ」という他では見られない流儀が明示されていました。つまり入浴の際は、お湯が捨てられている湯船の下流側から入り、お湯の綺麗な上流側から出れば、湯船のお湯を汚さずに済むんだそうです。なるほど、大きな湯船全体に流れができているこのお風呂ならではのエチケットですね。また環境面を考慮して石鹸類の使用も不可です。

砂湯の入口付近にはこのような足湯もあり、あけっぴろげな環境での混浴に抵抗を覚える観光客の方はここで足湯を楽しんでいらっしゃいました。


立派な造りの男女別更衣室があり、男性用は外から丸見えですが、女性用には目隠しスペースがあり、また水着の着用は不可ですがタオル巻きならOK。観光案内所では湯浴み着も販売されているんだそうです。またこの掲示によれば、男性も前を隠して入浴するのがここでのマナーとのこと。このように混浴が苦手な女性の方でも利用しやすいような配慮がなされているんですね。

脱衣室前に設置されていたこの設備は、凝った形状の水栓なのでしょうか。使っていないので詳細わからず。


3つある浴槽のうち、最も手前側にある東屋が掛かったお風呂は「長寿の湯」。訪問時は3つの浴槽の中でも最もお湯の透明度が高くて清らかだったのですが、その一方で湯加減も一番高く、私の体感で44℃近くあったため、せっかくの綺麗なお湯にもかかわらず、私の撮影後に続々やってきた湯浴み客のほとんどは、指やつま先で温度を確かめた途端に別のお風呂へ移り、誰もここに入ろうとしませんでした。


最もダムに近い上流側にあるのが「子宝の湯」。ここは「長寿の湯」より透明度では劣るものの、砂利敷きの底よりプクプクと上がる気泡とともにお湯が供給されており、42~3℃という最適な湯加減だったので、一人で訪れているお風呂が好きそうな男性客を中心に、最も人気を集めていました。男が「子宝の湯」に入ったってその恩恵は受けられるはずありませんけどね。

「子宝の湯」の下流側に位置する最も大きな浴槽が「美人の湯」。下流部だからか、3つのお風呂の中ではお湯の濁りが一番強く、また湯加減も最もぬるくて体感で40℃に届くかどうかといった程度でしたが、景色を眺めたり、あるいはおしゃべりしながらのんびり寛ぐには、ぬる湯で長湯するのが一番ですから、遠い目をして山河の景観を望む御仁や、混浴をたのしむカップル、そして挙動不審な行動をとりながら視線を光らせているクロコダイルさん達は、みなさんこの「美人の湯」に集まっていらっしゃいました。
ところでここのお湯に関する特徴ですが、この界隈で湧出する温泉に共通する特徴がよく出ており、即ち見た目は無色澄明で、味や匂いは無味無臭、アルカリ性単純泉らしいツルスベ感が、かけ湯するだけはっきりと肌に伝わってきました。「砂湯」という名称は、足元湧出するお湯が露天風呂の底の砂を巻き上げることから名付けられたそうですが、現在でも底の砂利からお湯が上がっているものの、おそらくその下には配管が敷設されているものと思われます。
私が到着した時には偶々無人状態でしたので、各お風呂の様子を撮影することができましたが、普段は大抵数人の入浴客がいるそうですし、休日になると相当混雑するそうですから、湯あみの際にはその辺りの覚悟はが必要になるのでしょうね。また地元の方(複数人)から伺った話によれば、この露天風呂は、なぜか昼間よりも夜中の方が混雑する傾向があるらしく、実際に深夜帯に再訪してみますと、本当に日中よりも多くの入浴客で賑わっていることに驚きました。開放的な露天風呂に浸かりながら夜空に輝く星を見上げれば最高のひと時を過ごせること必至でありますから、夜の帳が下りた後に入浴客が集まってくるのは理解できますが、数多のお客さんの中にはおよそ星空に関心が無さそうな、ビールやつまみを片手に入浴したり、酔って大きな気になっちゃったり、あるいはクロコダイルさんらしき人影も結構見受けられましたので、残念ですが私は夜間の入浴を諦めて早々に立ち去りました。
野口冬人氏はこの露天風呂を、ご自身が勧進元となった温泉番付において西日本の横綱としたそうでして、当地ではその番付を誇りとするとともに積極的なアピール材料としているようですが、あくまで私個人の主観として申し上げるならば、夜半に遭遇した有象無象はともかく、正直なところ、露天風呂として横綱に値するかどうかは疑わしく思います(「砂湯」ファンの皆様、申し訳ありません)。けだし野口氏は当地に特別な私情を抱いていたのでしょう。しかしながら、このような規模の大きな露天風呂で、いろんな志向の人間が集まってくるにもかかわらず、閉鎖に踏み切らず無料開放を続けていらっしゃる地元の方々の志や努力はまさに横綱格であり、そんな地元の方々の温泉愛があってこそ、私もこの有名な露天風呂を楽しむことができたわけですから、番付なんて序列はさておき、「砂湯」を守り続けている関係者の皆様には、一介の温泉ファンとして心から感謝申し上げます。
温泉分析表掲示なし
岡山県真庭市湯原温泉 地図
24時間入浴可能だが清掃時間帯有り
(毎週水曜午前、毎月第一金曜日10:00~16:00、12月27日9:00~14:00は入浴不可)
無料
私の好み:★★