温泉ファンの間ではお湯の良さに定評のある「近江屋旅館」で日帰り入浴してまいりました。東北を東西に貫く国道113号線沿いで、且つ公衆浴場「とわの湯」の斜前に立地しているのですが、古い民家と見紛う渋い佇まいであり、看板も小さいので、意識して探さないと見逃してしまいがち。
私が訪れたのは平日の夕方5時前で、早くも赤湯の街に夜の帳が下りようとしていたのですが、お宿の玄関は薄暗いまま。営業しているのか不安を抱きつつ玄関で声をかけたところ、しばらく経ってからご主人がやってきて、館内の電気を付けながらお風呂へと案内してくれました。帳場の部屋からはテレビの相撲中継の温泉が聞こえてきたので、おそらく幕内力士の観戦に夢中だったのでしょう。
玄関から真っすぐ伸びる廊下を進んだ突き当たりがお風呂なのですが、その手前に据え付けられている昔ながらの総タイル張り共用洗面台が、お宿の歴史を物語っていました。男女別浴室の間で営業スマイルを見せる仲里依紗と有村架純のポスターを横目に脱衣室へと入ります。勝手口には「貸切風呂」の札が下がっていましたので、場合によってはどちらかの浴室を貸切利用できるのかもしれません。暖簾を潜る際、ご主人は「よく掻き混ぜて」と教えてくれました。
高度経済成長期の昭和的な美意識が全面に現れているレトロな装飾の浴室。豆タイルが敷き詰められた床に、まん丸い浴槽が据えられています。室内に立ち込める湯気は玉手箱の煙のようでもあり、昭和40年代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥りました。
洗い場にはシャワー付きカランが2基、そして浴槽加水用の水道蛇口がひとつ設けられていました。水栓金具は硫化のため黒く変色しています。
美しい曲線を描く浴槽は直径約2.5mほど。臙脂色のタイル縁とグリーン系の槽内のコントラストが鮮やかで、澄み切ったお湯の清らかさが、その色彩美を際立たせています。真円ではなく、窓側だけスパッと直線状にカットされたような形状をしており、また単に総タイル貼りにするだけでなく、ワンポイントで縁に石を埋めてアクセントにしているのですが、そうしたところにこの湯船を造った職人さんの遊び心が感じられます。50℃以上のお湯を一切手を加えず注いでいるため、湯船の温度は一般的なお風呂よりかなり熱い45℃だったのですが、ご主人のアドバイスに従ってしっかり掻き混ぜたところ、意外にもすんなりと入ることができました。
浴槽の縁ですっくと立ち上がっている岩の湯口から、アツアツのお湯が注がれており、湯口の流路には白い湯の華や析出がこびりついていました。こちらのお宿に引かれているのは、赤湯温泉ではおなじみの、森の山源泉と森の山2号源泉の混合泉。
湯口における温度は53.3℃。お湯を口に含むと、甘塩味とタマゴ味が口腔に広がり、優しいタマゴ臭とお焦げのような香ばしい匂いがふんわりと漂ってきました。
加温加水循環消毒の無い完全掛け流しで、お湯は縁より絶え間なく溢れ出ており、鮮度感は抜群です。上述のように湯船はかなり熱かったため、入浴に際してはしっかり湯もみをしたわけですが、湯船のお湯を撹拌すると底から白い湯の華が一斉に舞い上がり、湯船は湯の華まみれになりました。桶でお湯を掬うだけでも簡単にキャッチできるほど大量なのですが、掻き混ぜる前には沈殿の存在に気づかず、突然現れた現象に驚くとともに、その舞い上がり方に思わず興奮してしまいました。底の豆タイルの色が緑と白だったので、タイルの色に紛れていたんですね。もちろん湯浴みしていると全身は湯の華まみれ。温泉ファンならば欣喜雀躍してしまう状態です。ピリッとくる鋭い熱さが心身を引き締めると同時に、食塩泉的なツルスベが肌を優しく覆い、気持ち良さに後ろ髪を引かれて、逆上せそうになっても湯船から出られなくなってしまいました。
通好みの渋いお宿ですが、静かで懐古的な湯船に満たされた清らかな温泉は、熱さも鮮度も通好みの極上湯。立ち寄って正解のお風呂でした。
森の山源泉・森の山2号源泉
含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉 61.2℃ pH7.5 蒸発残留物2241mg/kg 溶存物質1972mg/kg
Na+:531.0mg, Ca++:168.1mg,
Cl-:975.4mg, Br-:2.9mg, I-:0.3mg, HS-:2.1mg, SO4--:155.1mg, HCO3-:66.3mg,
H2SiO3:49,3mg, CO2:14.6mg, H2S:0.7mg,
JR奥羽本線(山形新幹線)・赤湯駅より徒歩20分(1.6km)
山形県南陽市赤湯292-2 地図
0238-43-2016
日帰り入浴時間不明
300円
シャンプー類あり、他見当たらず
私の好み:★★★