パパと呼ばないで

再婚した時、パパと呼ばないでくれと懇願した夫(←おとうさんと呼んで欲しい)を、娘(27)「おやじ」と呼ぶ。良かったのか?

ワタクシの金銭感覚〜食編

2023年10月20日 | 衣・食・住
10月20日(金)雨

「三千円の使い方」を読んでから、ふっと自分の金銭感覚を思う事が増えた。
あんなにけちょんけちょんに言ってたくせに、めちゃ影響受けてるやないの。余韻が残ってるやないの。
貧乏だからね〜とか、地道が一番!とか、好きな言葉は節約!とか言ってるけど、本当に貧しいわけでも、贅沢が嫌いなわけでもない。
自分の染み付いた貧乏人根性が好きなだけだ。
子供の頃は裕福だったとか、自分で稼ぐようになったらめちゃ稼げたとか、結婚した相手が御曹司だったとか、そういう経済的な変化が全くないまま半世紀以上生きてきた。
子供の頃の夢がオロナミンCを1日2本飲んみたいとか屋台のとうもろこしを丸ごと一本食べてみたいとかである。くーっ。地味だ。
お給料もらうようになっても、生活するだけでギリギリの金額で、月末になると同僚のショーコさんと財布の残高を教えあい「残り160円よ!」とか言うと実家住まいの彼女が連れて帰って晩ご飯食べさせてくれた。
結婚しても離婚しても再婚しても、それ以上でもそれ以下でもない、まぢで生活レベルの振れ幅が同じで生きてきた。
そして、だんだんと自分なりの楽しみを見出してきたのだ。
「自分のセンスを信じる」
これに尽きる。
衣食住どの分野においてもである。

言葉だけ連ねても抽象的過ぎて伝わらないですね。
今月のワタクシのライフを書き出してみましょう(なぜ英語にした?)
<食部門>
近所のスーパーで、おそらくワタクシのことは「半額さん」と呼んでるのでは?と被害妄想に陥っておるほど半額シールを選ぶ。
例えば・・・月曜日のレシートを見てみると・・・
ベビーリーフ半額49円
グリーンレタス半額69円
長芋半額112円
明治おいしい牛乳半額134円
小粒納豆3パック半額34円
その日の晩酌で食べるおぼろ豆腐はその日賞味期間ギリのもので十分だ。半額79円
おかげ様で我が夫は胃腸が強い。ワタクシに鍛えられたわけではない。昔からだ、多分。
嗅覚にも優れている。
いよいよ無理かなと不安になったら、彼の鼻先に突き出して「これ、どう思う?」と審判を仰ぐ。
大抵の場合「全然大丈夫!」とお墨付きをいただく。
彼が「う〜ん、ちょっと怪しいなあ」と言う時は相当ヤバイので即ゴミ箱行きだ。
賞味期限内なら迷いなくオールオッケーである。寸分の迷いもない。
この半額シールが付いたものを買い集め、これをうまく組み合わせて夕餉を作れた時の達成感。
半額で安く買った酒粕124円で作った粕汁が思いのほか美味しくなかった上に、残り半分で作った甘酒もイマイチだった時の敗北感。
こういうのを楽しんでいる。
下手すりゃ、半額シールで買った食材に合わせるために結構お高い食材を合わせてしまって、何だかなあと反省するのもまた楽し。
一から作る楽しさと言うのもある。
調味料の手作りもやめられない。
どんなに不評でも年に一回くらいマヨネーズの手作りをしたくなる。
キューピーや味の素に毒されている家族からの評価は最低ランクだというのに。
ドレッシングの手作りにもハマっているが、たまに友人からドレッシングをいただいて食べるとただのレタスがめちゃ美味しかったりして驚く。
これはこれで面白い。
でも、自分で作る叙々苑風ドレッシングも気に入っている。
こんなワタクシゆえ、時短とか全く興味ない。
時間の効率化と安売りの関係で良く取り上げられる、スーパーのはしごの無意味さも、ワタクシは気にせず達成感を感じていた。
東京は安売りスーパーが点在しているのでハシゴショッピングが楽しかったのだ。
今はたいていチャリで買い物に行くので限界があるが、スーパー行って、八百屋さんのぞいて、無人販売所立ち寄って、前後の荷台を満杯にして帰る時は鼻歌が飛び出す。
桜の頃は夜桜お七なぞ歌い、寒い時期は童謡たきびなんてこともある。

本当は違う事を書くつもりだったのに、ついつい熱がこもってペンが走った(書いてないけど)
本当に書きたかったことは衣編として、明日につづく。

今日の一枚は・・・
人気無かったのか、ドラッグストアコスモスで叩き売りしていた「ほろよい」フルーツサングリア。
ジュースより安いじゃん!と買ってしまったから、しょうがなく呑む。しょうがなく・・・二本買ったので明日もしょうがなく呑む。
コメント
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