テスト一週間前を切った金曜日の放課後、いつものようにスマートでの勉強会。
太郎は数学、オレはもちろん日本史。
テーブル席は満席だが、女子たちも、以前ほどオレをチラ見するでもなくテスト勉強している。
「前に、太郎が言ってたように、そろそろオレの顔に『飽きた』のかもしれないな。」と言うと
太郎が「いや、オレも最初のうちはそう思ったんで、お客様リサーチをしたんだ。
そしたら、「同じ空間にいて、同じ勉強をしてる」ことに喜びを感じてるらしい。
3学期の期末あたりまではまだ大丈夫だな。
まだまだ、働いてもらいまっせ!まちゆい君には。」
おまえは大阪あきんどか。
とはいえ、こうなると、喫茶店というよりも図書館のようだ。
図書館と違う点は、甘いチョコの匂いが店内に漂ってるところくらいか。
カウンターのナベさんと省吾さんが、気を使っていつもより小声でおしゃべりしていて申し訳ない気持ちになる。
省吾さんは、以前、近くのテーブルの女子から数学のわからないところを聞かれて失態を演じて以来
空気のような存在でいることを心がけているようだ。
ナベさんはナベさんで、「おれは数学は得意だから教えてあげたい気持ちは山々なんだが、
これがきっかけで援交に発展するのが怖いから敢えて自制している。」
怪しむオレに太郎が「いや、ナベさんは某国立大学の工学部出だから、あながち強がりとは思えないなあ。
ホントに援交に走りそうなのが心配なのかも。」
あぶねえなあ。
マスターは相変わらず嬉々として女子のためにチョコレートパフェを作っている。
最近は、「フルーツがおいしい季節だからね」と、これでもかこれでもかとフルーツまでてんこ盛りの大サービス。
女子が「わーーーっ!すごいっ。どこから食べたらいいかわかんないっ」と嬉しい悲鳴を上げるのをうれしそうに聞いている。
6時になると、女子は帰って行く。
これはマスターからの要望。
店に来ることで帰りが遅くなって危険な目に遭って欲しくないからとのことだが、
よっぽど店の中のほうが危険な気がする。
重さんあたりになると、好々爺の風情で、女子高生たちを見る目が孫を愛でる目だが
末さんあたりの目は、まだまだ煩悩だらけに思える。
その日はフレンチだった。
きのこのテリーヌ
さつまいもとベーコンのスープ
ホタテ貝のポアレ
牛肉の赤ワイン煮
さつまいものムースと、モンブラン
秋らしいメニューだなとは思ったが、それにしても、いつもより力が入り過ぎてる気がする。
テーブルをさらに追加しなきゃ皿が乗らないぞと言いながら太郎とテーブルをガタガタ運んでいると
ドアベルが鳴って女の人が顔をのぞかせた。
「かあちゃん!」という太郎の声に、一瞬にやけたマスターの顔が、きりりと引き締まる。
「待ってたよ。ちょうど今完成したとこ。お友達おふたりってことだったよね。
女子の好きなキノコとさつもいもをメインにしてみたよ。」
太郎が「なんだかかあちゃん好みのメニューだと思ったよ。」とつぶやいて、はっと気づいたようにオレを紹介しようとする。
太郎のかあちゃん、いや、かあちゃんというより「千春さん」だな。
申し訳ないが、やはり全く記憶にない。
パーツパーツは太郎にそっくりなのに、配置の妙で得している。
いや、逆で言うべきなのか。配置の妙で損してるのが太郎ってことだな。
くりくりした目なんて、親子そっくりで笑っちゃう。
この、くりっくりした目が、太郎の場合、ふざけた感を醸し出してしまうんだなあ。
そんなことを思いながら挨拶しようとすると
「まちゆい君っ!久し振りっ。相変わらずいい男ね。あとでゆっくりまちゅママの話とか聞かせてね。」
そして、入口のドアを全開にしてお友達を中へ。
え?さっき、マスターは女子って言ってたよね。
確かに一人は女子だけど、どうみても、男子、いや、男の人が一人いる。
テーブルの長手方向にオレと太郎が並んで座り、その正面に千春さんと男の人。
短手方向、いわゆるお誕生席ってとこ?ここにお友達の女子が座る。
千春さんが「同僚なのよ。営業でこのあたりにくることになったから、マスターに電話して、おいしいもの食べさせてって頼んでたの。
朝の打合せで急に決まったから太郎にも言ってなかったね。
こちらが荒木さん、あちらのかわい子ちゃんが河合さん。
みんな河合さんって呼ばないでかわいこちゃんって呼んでるわ。」
「仕事仲間なのか」と少し安心したような空気を漂わせるマスターとオレと太郎。
いつの間にかオレも千春さんとマスターの仲を応援しているのだ。
テーブル4つをくっつけた上に並ぶフレンチ。
どんなにこじゃれた料理でも、「大皿にど~ん」というのがいつものマスター流。
そして、バイキングのように自分で好きなだけ自分の取り皿に盛って食べる。
それなのに、今夜はちまちまとマスターが一人分ずつ運び、
いつもならびしゃーっと上からソースをかけるのに、
今日のホタテは、緑のソースを下に敷いて、ちんまりとお座りになっている。
千春さんが「元ちゃん!いつもの感じで良かったのに。早くこっちに来て座ってよ!」
マスターは、お誕生席の反対側っていうか、かわいこちゃんの正面に座り、
荒木さんが「そこで調達してきました」とワインを出しみんなで乾杯。
もちろんオレと太郎はコーラで。
こういうところは、マスターの方がうちの親よりよっぽど厳しい。
最初は、千春さんが会社の話とか、マスターとの思い出話なんかをしゃべっていたが、
徐々に場の雰囲気もほぐれて、太郎もいつもの調子が出てきて、かわいこちゃんを笑わせていた。
かわいこちゃんはホントにかわいこちゃんで、ニコニコ笑って、よく食べてよく飲んでいた。
あまりしゃべらないけど楽しそうなのが伝わってきて、しみじみかわいこちゃんだった。
荒木さんって人も、最初はちょっとすかしたヤツに思えたが話してるうちに面白い人だってことがわかってきた。
これって、マスターにとっては不利だなあと、ちょっと思ったりした。
千春さんが荒木さんを見る目が優しい気がしたのだ。
そして、荒木さんが太郎を見る目が優しい気がした。
そして、かわいこちゃんがオレを見る目が・・・優しかったらいいのにと思ったが
太郎を見る目と同じだった。
さすがかわいこちゃんはひいきというものをしないんだな。
10時になったので、オレは帰ることにしたが、後で聞いたら、12時くらいまで晩餐会は続いたようだ。
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街結君と太郎君①
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街結君と太郎君②
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街結君と太郎君③
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街結君と太郎君④
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街結君と太郎君⑤
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街結君と太郎君⑥
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街結君と太郎君⑦
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街結君と太郎君⑧
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街結君と太郎君⑨