紅蓮(ぐれん)のポケット

子どもの本の作家・三輪裕子のふつうの毎日
2015年夏。三宅島で農業を始め、東京と行ったり、来たりの生活になる

西村貴久子さんの絵を見に……

2008-10-27 17:28:08 | 13・本・映画・演劇・音楽など
画家、西村貴久子さんのことは、だいぶ前にこのブログにも書いたことがある。
昨日は、伯母さんである西村貴久子さんの画集を出版した高校時代の友人山氏の誘いをうけ、ご実家に絵を見せてもらいにいった。





一緒に行ったのは、姉のトントンと、高校1学年下の、T・礼子さん。
礼子さんたちの学年はホームページを開いていて、そこの「縦の交流録」に載せる人を誰か紹介してほしいということで、一緒に行くことになった。
来月は山氏のことが載るので、またその時にはお知らせします。



持っていた人から買い戻したりして探し出した絵が十数点、ご実家には飾られていた。





今は、その家には、84歳のお母様がお一人で住んでいる。広い庭には、たくさんの木が植えられ、毎日の草取りや、落ち葉の掃除が大変だけれど、楽しみだと話されるお母様は、ほんとうにお元気で、自立していらっしゃるのに、驚いた。
みんなで画集と、実物の絵を見ながら、いろいろと話しを聞く。



今年も室蘭市の市民美術館の開館記念式典に呼ばれて、二人で行ったそうである。そのついでに、5泊6日で函館から網走まで、西村貴久子さんの絵を訪ねて旅行したという。

お母様は、昔は夫の姉である絵描きの西村貴久子さんと、山氏は、子どもの頃「絵のおばちゃん」と呼んでいた貴久子さんと、いろいろな作品や作品を所蔵している人を通して、今出会っているのだなあと思った。
そして、今になって知れば知るほど、山氏とお母様を引きつけてやまない貴久子さんは、破天荒な生き方をしつつも、魅力のある人だったのだろう。

二人の話しを伺っているうちに、生き甲斐というかライフワークという言葉が頭にちらついた。
亡くなってから、このように深く理解しようとしてくれる人を持って、貴久子さんは幸せな絵描きであると思った。