虹の似合う町「草津」
延々と坂を登って草津町に近づくと、道の駅を間近にした頂上あたりで突然クルマの下からタイヤの軋むような音が聴こえてくる。
追い越し禁止の黄色いラインを踏み越えたのかな? とびっくりした途端に、聞きなれたメロディーとなって腹のあたりに響いてきた。
もちろん耳でもそれと分かる。強いて言えば、体全体がその音に反応している感じだった。
「草津よいとこ、一度はおいで、お湯の中でもコーリャ、花が咲くよチョイナチョイナ」
(あ、そうか。・・・・ここだったのか)
大分前にラジオできいた音楽道路の話が甦ってきた。
正式に何というシステムなのか知らないが、草津を含め数箇所で同じ方式の道路が誕生するということだった。
どちらにしても、出来たての音楽道路を通過する幸運に恵まれて心が弾んだ。前にも後ろにもクルマが走っているのだから、他の人も気がついて「なんだ、こりゃ?」とニンマリしたことだろう。
実際、うれしいような可笑しいような複雑な気持ちに捉われて、草津の印象が濃くなったことはたしかである。
思いがけないことが一つあると、理由もなく好い事が起こりそうな気がする。根が単純だから、うきうきしながら温泉街に入っていった。
「あ、虹・・・・」
道端に居た二人連れの一人が正面を指差している。
若い娘さんだから、反応が早い。何をおいてもボーイフレンドに知らせたいという思いが伝わってきた。
娘さんが話しかける言葉が聞こえたわけではない。
指差す姿と、空の虹は同時に眼に入っていたのだ。それでも、弾んだ声で教えられた気がして若やいだ気持ちになる。
ボーイフレンドを草津に引っ張ってきた娘さんの思惑こそミステリアスだが、どうあろうと行動に移す躊躇のなさが、そうした年頃なのだろうかと懐かしく思い起こされる。
夢の架け橋といわれるように、若いふたりにとって虹の出現は幸運のメッセージである。
(草津に来て、虹を見た・・・・)という事実は、これから先の付き合いにプラスの働きをするに違いない。
おじさんもホンワカしながら、虹を見据えたまま雄大に見える場所を探して先を急いだ。
コンビニの駐車場に乗り入れて、あわただしくカメラを取り出す。
他にもっとよい場所はなかったかと頭をめぐらすが、ここぞという所へ行くには時間が掛かりすぎる。
流れ星も虹も出合ったときが勝負だから、与えられた時間内に撮らなくてはならない。
手近の花々を援軍に、虹の足元を飾り立ててやろうとたくらんだ。
草津は虹が似合う。
街中で見るのは初めてだが、谷を隔てた対岸からは雨上がりの一刻何度か遭遇した。
近くで出合うと大きさが分からないが、遠くで眺めるとおそらく町を一跨ぎしているのだろう。
虹の内外で、気象の状態が違っていることもある。
晴れ晴れとした輝きを内部に抱え込みながら、外側には依然として雨雲が消え残っている場合もあった。
『虹の彼方に』という曲が耳の奥で鳴っている。何かの折に流される名曲だから忘れないのだろう。
たしか、ジュディ・ガーランドの歌だったよね。
メチャクチャ夢の多い女性だったらしいが・・・・。
帰り道でオーバー・ザ・レインボーが流れたら面白いだろうが、『オズの魔法使』みたいな具合にはいかず、音楽道路は片道だけだった。
いつか一度そんな道路を体験してみたいですね。
道路の下にスピーカーが仕込んであるのでしょうか?
昨年ある病院でスピーカーが仕込まれた治療用ベッドを見たことがありますが。
そこに寝る患者は音としての音楽とその音楽が生み出す振動に包まれて癒されるのだそうで。
世の中にはいろいろなことを考える方があるものです。
虹の写真楽しませていただきました。
知恵熱おやじ
弾むようでいて中身の濃い、楽しいエッセー!
「音楽道路」があって、その曲選びは荘厳なクラシックじゃなく、通俗的な歌だったり。
「虹」を見つけた娘さんとその連れへの思いを致したり。
「草津」と「虹」の取り合わせを讃えたと思うと、かの「オーバー・ザ・レインボー」で締めたり。
短いながらも中身が凝縮してましたね。
その裏に筆者の暮らしぶりが仄見えたりもします。
「虹」を撮るにはシャッターチャンスが決め手でしょうが、いい写真になりました。
「知恵熱おやじ」様、「丑の戯言」様、コメントありがとうございました。
その後、音楽道路の仕組みについて調べた結果をお知らせします。
それによると、路面に溝を設けるグルービング工法を用い、溝の間隔を調節することによって、クルマが通過する際の振動音から音階をつくりだすのだそうです。
因みに、新発想を共同研究で現実化したお膝もとの北海道で「知床旅情」が250メートルの区間で流れ、また群馬県の<利根沼田望郷ライン>では、尾瀬にゆかりの「夏の思い出」が聴けるそうです。
余談ながら、それぞれ正当な音階を奏でるのは時速50キロで走った場合とのことです。
速すぎても遅すぎても、音痴仕様になるのかもしれません。
「音楽道路」「音響道路」「唄う道路」・・・・さまざまな名称で呼ばれていますが、この新発明を実現したのは日本人が初だそうです。
了解しました。
車の速度がそれに深く関わっているとは、面白いな。
それにしても、どちら様も、詰まるところ観光誘致の一環として、世界で初めてひねり出したんですね。
さすが日本人!