あの蝶をたしかに見たと
あの男は言い張るのだが
入江に打ち寄せる筏や丸太の上で
ぴちゃぴちゃと跳ねる波の煌きではなかったのか
罰当たりにも女を組み敷いて
終わりのないパイル打ちに励むなか
股をひらいたままの女が
あの蝶を見たかと問うたのだ
海の底から聞こえるむむむという屍体の声を
削ぎ落として詩文にした辺見庸は
とことん生を無機質化させていて
セックスまでがのろまな土木作業に見えた
破壊された郷愁だの感傷だのが漂う海に
束なす死者の群れと群がる蝶
男はたしかに見たと答えるのだが
それは変容した無数の無ではなかったのか
あなた、ほんとうにカラスアゲハを見たことがあるの?
ロールシャッハテストの画像じゃないのよ
女は繋がったまま起き上がり
浮かない顔の男と上下を入れ替えた
カラスアゲハは黒地に金緑色の鱗粉をまとい
まるで貴婦人のイブニングドレスのようよ
女は尻を浮かしかげんに蝶になって飛んでいる
あなたも翔びなさいよ、翅をひろげて・・・・
宵の迫る入江が見える海辺の部屋で
二頭のカラスアゲハとなった影が巴に絡まり翔ぶ
てきにはあれどなきがらにー
はなをたむけてねんごろにー
ああペリリュー島だ!
辺見庸には関係なく勝手に救われる見物者がいる
生も死もとくべつの顔をもたず
塵芥の浮いた入江もやがて漁る海となる
実相は見せてもらったむむむむむ・・・・
こうあんれいよいざさらばー
女がうたう鼻歌に はいっーはいっー
深々とこうべを垂れる象徴が余光を帯びる
<注> 辺見庸『霧の犬』に収録されている短編「カラスアゲハ」へのオマージュ。
極めて個人的な書評ふうポエムです。
(『幻惑のカラスアゲハ』2015/10/21より再掲)
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