岩手県のある地方で、学校帰りの小学生が男女合わせて6名ほどでかくれんぼをして遊んでいた。
その日は昼過ぎから風が強くなり、先生が早く家に帰るようよう言い渡しておいたのに気象の変化が逆に生徒たちを興奮させてしまったようだ
ジャンケンで鬼になった三郎くんは、ほかの5人から離れて近くの芦原の中に駆け込んだ。
「もう、いいかい」
「まあだだよ」
「もう、いいかい?」
「もういいよ」
と、三郎くんの声が聞こえたとき、突然芦原の中でつむじ風が渦を巻いた。
5人の小学生はその場でひっくり返り、つむじ風に巻きもまれずに済んだが、芦原の中にいたはずの三郎くんの姿はなかった。
話を聞いた先生方がまず駆け付け、連絡を受けた父兄や駐在のおまわりさんが次々に集まった。
つむじ風に吹き飛ばされたのならその辺に倒れているのではないかと手分けして探したがどこにもいなかった。
〈おかしいな〉
ちょうど二百二十日に当たる日だったので、風に巻き上げられて遠くまで飛ばされてしまったのかもしれないと駐在が近隣の町村に捜索を依頼した。
果ては地元の新聞記者が取材に来て、県内では一両日三郎くんの話題で持ちきりだった。
「どさくさに紛れて人さらいが連れ去ったのではないか」
一番多いのが誘拐説だった。
三郎くんは秋が終わるころまで行方不明のまま見つからなかった。
もちろん生死不明で、先生方も村人も駐在さんも新聞社の人もあきらめかけていた。
ただ一人、三郎くんのお姉さんだけは毎日家の縁側に座って三郎くんの好きな牡丹餅を備えて天に祈っていた。
〈どうか、あの子を家に戻してください〉
ある日、願いが通じたのか誘拐を心配された三郎くんが柿の木の下に立っていた。
この日も風がゴーゴーと音立てていたが、天空のあたりだけで地上は晴れ渡り静かだった。
胸騒ぎがしていたお姉さんは、三郎君に気が付くと裸足飛でび出し、三郎くんの肩をしっかり抱きしめた。
「どこへ行っていたの、三郎くん」
聞いたがボーっとしていて返事もできなかった。
その場では無理に問いたださず家族の者と生活を共にしていると、しだいに心が開いてお姉さんには覚えていることをポツリポツリとじゃべり始めた。
それによると、あの日三郎くんが芦原の中で蹲っていると急につむじ風が起こりいきなり何者かに抱えられて天高く舞い上がった。
そのまま幾つもの山や川を越え、うっそうとした森の中に降り立った。
どこにあるのか思い出せないが天狗の森という場所で大天狗やカラス天狗、木の葉天狗など多くの天狗が集まっていた。
神無月で神様が出雲に出張している隙に天狗の総会が開かれたのだという。
議題はこのところすっかり忘れ去られている天狗の存在を、多くの人に知らしめるということで決まっていて、各天狗はみな少年を一人血れてくることになっていた。
天狗の中には格好の少年を見つけられなかったり、見つけても非力で天高く舞い上がれなかったりで天狗の森まで運ばれたのは三郎くんだけだった。
たまたま大嵐の力を借りた天狗だけが成功したわけである。
その天狗は「自分だけが要望に応えた」と鼻を高くしたが、上層部の役員に「天狗になるなよ」といさめられて総会が終わると早々に三郎くんを柿の木の下まで連れてきたのである。
お姉さんは三郎くんの体験したことを信じ、昔からある天狗伝説をほかの人にも話して聞かせた。
こうして台風にはあまり縁のない岩手県にも、天狗の神通力の話が伝わっているのである。
〈おわり〉
風の又三郎を思い出すお話でした~~
風の又三郎をおもいだしていただいたんですね。
宮沢賢治は主人公の少年を転校生として描き、村の子供たちの常識にはない行動を連発して刺激し、言い争ったり仲良くなったりしながら最後は無視されて〈村八分的なもの〉去っていきます。
生徒の一人が名付けた風の又三郎というあだ名の通り風とともに現れ風と共に去りました。
この場面は印象深いので頭の片隅に残っています。
天狗との組み合わせはオリジナルです。
又三郎は風の神様が連れてきたと結論付けられていますが、天狗も風を起こしますからね・・
ありがとうございました。