どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(25)

2023-08-14 03:16:39 | 連載小説
 本郷通りに出て、左に曲がったところに、フランス風田舎料理を食べさせる小さな店があった。 ミナコさんはときどき訪れるらしく、濃いルージュをつけ、大胆なカーブの眉を描いた女主人が、満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。「きょうのメインは、霧島産の雛鳥と西洋野菜の付け合せよ。スープはそら豆をうらごししたもの。シャンピニオンのクリーム煮もあるわよ」 説明しながら、おれの方にもちらりと視線を流す。 笑みを絶や . . . 本文を読む
コメント

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(24)

2023-08-13 00:05:45 | 連載小説
 はっきりと了解を取ったわけではなかったが、おれは名画座を出た足で、白山上にあるミナコさんのマンションに向かった。 水道橋まで一駅電車に乗り、そこから白山通りをたどる路線バスに乗り換えた。 数年前までは、都電が走っていたころの名残で一部石畳の狭い道路が残っていたが、現在はほぼ拡幅工事も終えたようで、ある時期まで立ち退きを拒んでいた西片町境の中華飯店やビリヤード場も、いまは跡形もなく消えていた。 白 . . . 本文を読む
コメント

紙上『大喜利』(31)

2023-08-12 02:55:00 | 大喜利
〇 「そうそう神風は吹かなかったな」「そうですね、なでしこジャパンはスウェーデン戦でクロスバーに嫌われましたね」   〇 「大谷のホームランも40号でストップしちゃったし今週はツキがない」「さすがに疲れたんですね、痙攣というのが心配です」   〇 「台風だけは疲れ知らずだ。6号は沖縄を二度もいたぶるし、7号は本州直撃の構えだしな」「ご隠居、もう一人疲れ知らずの人がいます . . . 本文を読む
コメント (2)

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(23)

2023-08-11 00:00:00 | 連載小説
 おれが木更津から戻った夜、ウイークデイにも係わらず、ミナコさんがやってきた。チャイムに応じて玄関のドアを開けると、そこに項垂れたミナコさんの姿があった。「どうしたの・・」 トラブルがあったことは、現れ方で明らかだった。おれは、ずぶ濡れで転がり込んできた雷雨の時と同じように、腕を広げて受け止めようとしたが、ミナコさんは俯いたまま三和土に立っていた。「えっ、その顔どうしたのよ」 おれは、初めて異変に . . . 本文を読む
コメント (2)

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(22)

2023-08-10 00:02:00 | 連載小説
 秋の一日、おれは、木更津まで本の納品に行く多々良社長に同行して、ドライブをすることになった。 写植の仕事は、紺野ともう一人のパートナーに任せ、軽自動車に自費出版の歌集五百冊を積み込んで、飯田橋を出発した。 京葉道路から国道十六号に入り、海岸沿いの工場地帯を経て、袖ヶ浦を通過するころには、もう昼の十二時半を過ぎていた。「いやァ、渋滞ですっかり時間を食ってしまったね。ところで、きみ腹が減った . . . 本文を読む
コメント (2)

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(21)

2023-08-09 00:01:02 | 連載小説
 その夜のカミナリは、いったん去ったかに見えたが、夜半になって再び舞い戻ってきた。まれにみる規模の界雷であった。 おれとミナコさんは、またも電燈を消して、夏掛け布団を頭からかぶった。 そうやって二人で作った暗がりに潜んでいると、誕生の秘密に出会えるような不思議な感覚に包まれる。 退行催眠とは、このようにして導かれるものかもしれないと、おれは思った。暗がりの質は違っても、被験者をその中に誘導 . . . 本文を読む
コメント

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(20)

2023-08-08 00:14:00 | 連載小説
 別れるまでには、紆余曲折があっただろうと、おれはミナコさんを思いやった。婚姻届まで出した関係を解消するには、想像もつかないエネルギーが要ったに違いない。 いきさつを聞こうとは、思わなかった。ミナコさんも、こまごまと話そうとはしなかった。ひとたび時間を遡りはじめれば、山形から希望に満ちて上京した少女が東京という罠にかかって苦しんだ日々を、すべて再現しなければならなくなる。「ひどい奴だ!絶対に許せな . . . 本文を読む
コメント

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(19)

2023-08-07 00:55:11 | 連載小説
 暗い中でドアノブに手をかけながら、もう一方の手で室内灯のスイッチを探していた。「どなた?」「あけて・・」紛れもないミナコさんの声だった。 玄関の、それほど高くもない天井の蛍光灯がパチパチと瞬いて点き、おれが押した鉄扉の隙間から、ミナコさんが転がりこんできた。「どうしたの、こんな日に・・」 おれは、思わず手を差し伸べてミナコさんを抱きとめた。ポロシャツに短パン姿のおれの胸部に、ずぶぬれのブラウスが . . . 本文を読む
コメント (2)

茗荷の収穫

2023-08-06 03:36:06 | 家庭菜園
家庭菜園というジャンルにかろうじて入るのは5~6月まで相手をしてくれたヒラサヤエンドウのみ。     7月になると暑くて、ほとんど手入れをしない庭畑は青じそとオシロイバナに占領されている。 そうした中、野生の勢いで毎年実りを与えてくれる茗荷の花芽が顔をのぞかせた。 7月下旬~8月中旬の暑い盛りに密集した茗荷の葉茎の根元に這いつくばって収穫する。 最初は十数本 . . . 本文を読む
コメント (6)

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(18)

2023-08-05 00:00:00 | 連載小説
 夕方五時から、新宿区役所通りに面したレストランの一室を借り切って、イノウエと佐鳥さんの結婚披露パーティーが催された。 おれが会場となる部屋に入って、受付の女性に会費を払っていると、友人に囲まれて談笑していたイノウエがおれを見つけて近寄ってきた。「やあ、おめでとう」 先手を打って、挨拶した。「いやあ、うれしいです。忙しいところを来て頂いて、ほんとに申し分けなかったです」 イノウエは、ほんの少し大人 . . . 本文を読む
コメント (2)

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(17)

2023-08-04 03:33:31 | 連載小説
「ぼくは、何があっても別れないからね」 おれは、呟くように言った。「わたしだって、あなただけなのよ」 ミナコさんも、眩しそうにおれを見返した。「・・覚えているかしら、わたしの顔を、まじまじと見てくれた日のこと。あの時、営業のひとと話をしていても、ポーッとして何も覚えてないのよ。わたし、あんなふうに見つめられたの初めてだから、もう気が飛んでしまって」 ミナコさんは、頬を上気させていた。 おれは、たし . . . 本文を読む
コメント (2)

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(16)

2023-08-03 00:00:56 | 連載小説
 東大安田講堂に立てこもった学生が排除されて以来、目標を見失った若者たちは、呆然とした思いで日を送っていたはずだ。放水という変幻自在の弾圧の前に、誇りをぐしゃぐしゃにされた学生たちは、拠って立つ抵抗原理まで濡れ鼠にされ、へたったダンボールとともに地に落とされた。銃で撃ちもせず、時計塔から飛び降りもさせなかった権力側の冷酷な計算が、いまになって明瞭に意識される。 一方、社会の底辺で隠者のごとく生きて . . . 本文を読む
コメント (2)

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(15)

2023-08-02 00:58:58 | 連載小説
 おれが、もっとましなアパートを借りたいと言うと、ミナコさんは一も二もなく賛成した。 もちろん、すぐに住居を変えることなど出来るはずはなく、おれも真剣に働いて早くそれを実現したいとの願望を述べただけだった。 ところが、ミナコさんは、来月にも引っ越しが出来るように、明日から部屋探しを始めようという。仕事の合間を縫って、おれを手助けしてくれるつもりらしい。 自動車内装会社の経理責任者として、また、認め . . . 本文を読む
コメント (2)

思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(14)

2023-08-01 00:52:52 | 連載小説
 沸騰した薬缶の湯も、部屋に持ち帰リ急須に注ぐころには、ちょうど緑茶に適した温度になっているはずだ。おれは日常の経験をもとに、間合いを計る要領でゆっくりと部屋に戻った。 ミナコさんが後ろを振り返った。本箱に本を戻し、もう一度おれの手元に視線を向けた。「あらあら、わたしが淹れましょうか」「いえ、危ないからぼくがやります」 薬缶を小机の上に置き、金属製のトレイに伏せてある急須と湯飲みを据え直す。いま洗 . . . 本文を読む
コメント