差塩と趣味の世界

故郷 福島差塩の想い出と徒然なる盆栽奮闘記

ジャーマンアイリスの花

2013年04月10日 | 日記・エッセイ・コラム

1 これまでアイリスの仲間でいの一番に咲くのはダッチアイリスだとばかり思っていたが(これまでのブログにそう書いていた)、、なんとジャーマンアイリスが今年は先に開花しているではないか。草花の開花時期について年によって違うことを発見する。因みにダッチアイリスは未だ蕾のままである。1_2


オトコヨウゾメの花

2013年04月08日 | インポート

1 ガマズミの仲間、オトコヨウゾメの花が満開である。こんなに咲いても秋に実を着けてくれるのは少ないのはどうしてなんだろう。昨年は数個だった。野山で見る木はたくさんつけてくれるのに、、、庭での栽培は無理なのだろうか

 まあ、秋の紅葉と赤い実を楽しみに管理していこう。沢山つけてくれたら果実酒でも、、、。


春嵐一過

2013年04月07日 | 日記・エッセイ・コラム

11_2大騒ぎした嵐も大した被害もなく過ぎ去ってくれたので一安心と思いきや庭に出てみると枝垂桜は一番の見ごろだった花が痛めつけられ池には花筏、、、。大分散ってしまったようだ。もう少し咲いていたかったろうに、、、。

 そこで一句といきたいところだがその才なし。

 

 


春嵐に、、

2013年04月06日 | 日記・エッセイ・コラム

1春の嵐が襲来するという事で今朝から大忙し、植木たちの大移動である。小鉢のものは棚から下ろし風のあたらいところに動かさなければならない。ようやく動き出したブドウ棚の新芽が強風にもまれて痛めつけられないか心配である。こればかりはどうしようもない。出来るだけのことはやって後は天に祈ることにしよう。さて、、。


ほろほろと山吹、、

2013年04月05日 | 日記・エッセイ・コラム

1 芭蕉の句に「ほろほろと山吹散るか滝の音」があるが、中学生のころ国語の時間で学んだような気がする。山吹の花が咲くと何故かこの句とそれに結び付く友どもを想い出す。恩師や旧友今はどうしているだろうか。

 花が終わると繁茂し狭い庭では邪魔になりつい刈り込み過ぎてしまう。今年はそのため花が少ない。

 


土方殺すにゃ、、

2013年04月04日 | 日記・エッセイ・コラム

1物騒な川柳に「土方殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい」というのがあるが、しばらく続いた悪天候でウォーキングも庭いじりもできず閉じ込められこの歌を実感した次第である。

 さて、今日は気持ちのいい快晴、閉じ込められてた分思いっきり楽しもうか。桜は大分散ってしまった。当に明日ありと思ふ心の、、、だな。


ヤシオツツジの開花

2013年04月03日 | 日記・エッセイ・コラム

1  甥から田舎の風景の植物を、ということで呉れたヤシオツツジ早くも咲き始めたが、今年は花数も少なくちょっと心配である。

 この花を見ると田舎の夏井川渓谷の紫色に染めた景観を想い出す。今では一部原発の影響で心配されている地域もあるが、、、花見シーズンにはかつての賑わいがあるのだろうか。福島はひと月遅れくらいなので、暖かくなったら兄弟会で集い行ってみようと計画している。


桜切るバカ

2013年04月02日 | 日記・エッセイ・コラム

1 桜切るバカ、梅切らぬバカという諺があるが、狭い庭ではそうもいっていられない。我が家での一番の大木(?)枝垂桜天頂の部分、相当切り落としたところご覧のようにすけすけになってしまった。今年は枝垂れた枝を切り落とすことなく伸ばしてやろうと思っている。間もなく満開になるようだ。


夢の中の故郷

2013年04月01日 | 日記・エッセイ・コラム

1_2過日、会の広報誌に投稿した拙文。

暮れなずむ刻、心地よいエンジンの音を響かせながら峠を越え我が故郷に向かう。久しぶりの帰郷で懐かしい山々は温かく迎えてくれる。いつものことながら帰郷するときの心の高揚感(親が元気なればなおさらだが、、、)なんとも言えない。ところが、やがて家々が点在する里近くになると飛び込んでくる光景に心が一変する。<o:p></o:p>

「おや!」いつのも懐かしい光景ではない。そこには、かつて田毎の月などと言って愛でた可愛い田んぼの数々も、小魚を釣った川も、ドジョウを掬ったせせらぎの淀みもみんな潰され区画整理された広々とした水田が広がっているではないか。<o:p></o:p>

翌朝あらためて田畑を見に行くと水浴びをして楽しんだ堰も小さな川のせせらぎもなく大小様々なU字溝で作られた直線的な人口の水路が治水と排水だけを目的にして無機質に流れていた。当然のことながら小魚の影はない。ウグイやフナの産卵するような場所は見当たらない。タニシやエビたちが棲む淀みもない。<o:p></o:p>

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これは阿武隈山地の分水嶺近くの我が故郷、一寒村での数十年前の出来事である。山間の村にも大きな農業機械が活用されるようにと圃場の基盤整備事業で田畑が広げられたためである。今、実家に帰省してもあの思い出の田畑の光景はどこにも見当たらない。田舎といいども時代とともの変化し社会の要請に対応し、生産性を上げるために変革していかなければならないことは頭では理解していても、懐かしいあの光景が失われたのはやはり寂しいものである。郷里を中学生から離れたからなおそう思うのかもしれない。<o:p></o:p>

こんな心情を帰省して吐露し、共有してくれる人々も数少なくなった。行き交う里の大方はあの光景を知らないからやむを得ない。自然も人の世も生々流転、これが自然なのであろうが夢に出てくる里は、昔のままである。そんな夢を見た時は、今でも堪らなく帰省したくなるから不思議である。<o:p></o:p>