牧水の詩とは関係無いが、多摩湖では空の青と湖の青の美しさを競うかのような光景が見られたので撮ってみた。遠方の奥多摩や秩父山塊もすっきり眺望できる。心洗われるような気分となる。
さて、今日は叙勲の伝達式が都庁で行われる日である。まあ、損得や打算とは無縁の世界で一隅を照らす心で歩んできたことへの証でもある。出かけようか。娘が送ってくれるというので甘んじることにしよう。
牧水の詩とは関係無いが、多摩湖では空の青と湖の青の美しさを競うかのような光景が見られたので撮ってみた。遠方の奥多摩や秩父山塊もすっきり眺望できる。心洗われるような気分となる。
さて、今日は叙勲の伝達式が都庁で行われる日である。まあ、損得や打算とは無縁の世界で一隅を照らす心で歩んできたことへの証でもある。出かけようか。娘が送ってくれるというので甘んじることにしよう。
子育ての頃、オーディオ御三家と言われたサンスイ、トリオそしてパイオニアが人気メーカーだった。その一つパイオニア製品を月給の何倍もだして求めた。子供にも情操を育むためにも良いと言うことでよくレコード鑑賞させたものである。曲と結びついた絵を見ながら聞いていた微笑ましい姿が、、、。
当時のレコードの多くは散逸してしまったが、昨日残っていた10数枚のドーナツ盤など想い出したかのようにかけてみたが、劣化が激しく断捨離することする。
さてさて、今日は老人会の新年会である。今年も健やかに過ごせるよう祈念しつつ愉しい一時を過ごそうか。
昨日、空気が澄んで眺望も出来るだろうと久しぶりに冷たい風が吹く中、多摩湖へ出かけスカイツリーを撮る。デジカメで目いっぱいズームアップして撮って見た。距離は、アレクサに問うと「スカイツリーまでは、34,69㎞です」との答である。かなり離れているが、それなりに撮れていたのでアップしてみた。
ところで、隣に移っているのは数㎞離れた駅前のタワーマンションである。このところで、近くの街でもこうした高層マンションがあちこちで建てられるようになってきた。需要が高まっていると言うことか。一方では、空き家が目立つというのに、、、。
以前、友人の高層マンションを訪ねて9階の窓から外を見て何か浮いているような落ち着かない気分になったことがある。慣れもあろうが、爺には地面に住むのが一番あっている。
蘭の仲間を木株に着生させ愉しんでいる。たが、一際大きく伸びたデンドロビウム、全体のバランスからして、はみ出しているようになったので強引に木株から外し鉢植えにした。ところがアップしたように葉は枯れた見窄らしくなってしまった。それでも花芽をしっかり付けてくれたので詫びながら開くのを待っている爺である。
伸び伸びと成長していた頃の姿と合わせてアップしてみた。興味が湧いてきた蘭の愉しみ方、まだまだ勉強中と言うことか、、、。
つまらぬテレビよりパソコンで愉しむことが多い爺である。ユーチューブを視聴するのもその一つである。だが、AIで編集した架空の画像など明らかにフェイクらしきものも多いので確かな目で観なければならない。そうした中で囲碁のライブは、真実そのもので楽しみにしている。昨日始まった二日間にわたる棋聖戦、笊碁名人の爺ではあるが目下釘付けとなっている。
【語り部】ところでフェイクと記して憂鬱な気分となる。自分に都合の悪い真実をフェイクニュースと言い、明らかにフェイクらしきものを自分にとって良ければ真実と宣うどこかの某大統領の登場である。これは某国の話に限ったことではないが、、、、。
戦前の我国もフェイクニュースが、まかり通った時代があった。今もか、、?。その最たるものは大本営発表である。当然のことながら多くのメデイアも検閲を畏れそれに追従していた。フェイクニュースを流すこともさることながら、真実を報じず無かったことにしたこともあった。
その一例として、ミッドウェー海戦の悲惨な結果である。大東亜戦争の初期に「勝った」「勝った」と国民が高揚感に浸っている時、航空母艦4隻戦闘機数百機を失う大きな損失し、1年も経たずに制海権も制空権も失い敗戦への途になだれ込んだのである。この真実を知ったのは敗戦後であった。
今のロシア真実を伝えられているのであろうか、、、。
この街に移り住んで今年で50年、半世紀となる。その間、前にも記したが街も他に漏れず大きく変わってきている。その一つ国際化の波も押し寄せて外国人の方々が移り住むようになってきた。近所では、ローマ字で表記される施主も現われた。如何様な家を建てられるのであろうか、、、。
空き地になっても間髪を入れずに建設される我が街、なんと頼もしいことだろう。様変わりする姿を愉しみにしている爺である。お隣も間もなく始めるという。これもまた、、、。
我が家の塀の外に這わせた懸崖の梅たち、開花が昨年に比べて遅れるようである、アップしたのは、今朝の蕾の様子である。同じような画像は、昨年は7日にアップしたので1週間ほど遅いと言うことか。
ところで、梅の開花する条件として、日照時間、気温、土壌の水分などと言われている。今年は、日照時間、気温は大差ないであろうから、暮れより40日ほど降雨がなくカラカラ天気が続いたので、塀際の乾いたところにある梅たちは、水分不足で遅れているのかも知れないな。
花芽が、今年もいっぱい付いているので豊作間違いなしかな、、、
観葉植物の一つ、マルハケオモト緑の美しい葉をみせている。いつもは晩秋の頃咲いてくれるのだが、日照不足のためであったのだろうか昨年は咲いてくれなかった。その代わりと言うことでもないだろうが分球し、子連れの様を見せている。
【語り部】ロシアの侵略戦争に駆り出された北朝鮮兵の捕虜のニュースが流されている。捕虜になるくらいなら自決を勧めていたと言う。そこで想い出すのは、陸軍大臣東条英機の訓令で、いわゆる戦陣訓「生きて虜囚の辱を受けず」である。この訓令が、アッツ島の玉砕を生み、サイパン島の住民集団自決に影響したのである。あのバンザイクリフで米軍の制止も聞かずモンペ姿の婦人が崖から海に飛び込む映像が今でも脳裏から離れない。戦争というものが、人々を狂気の世界へと導くものあることを今一度、、、。
当時、戦陣訓の歌など歌われたものである。ユーチューブで聞けます。
風もなく穏やかな午後、柔らかな陽射しを浴びて少し早いが真柏の葉透かし作業をする。
ところで、公団住宅に入居出来ることを、6畳一間の安アパートで夢見ていた頃の話である。銭湯帰りに近くの広場で盆栽が売られていた。そこで姫リンゴと真柏(アップした木とは違う)の小品盆栽を求めたのが我が盆栽歴の始まりである。
あれから60年数年となるか。センスといえ技といえ、いずれもそれを持ち合わせず未だ銘木を生むことが出来ないが、充分愉しませてもらっていることは確かである。真柏で遊ばせて貰いながらそんなことを回想する爺である。
=懐かしいあり日の黒松と、故郷の野山に戻した山毛欅=
いつものように息子からのプレゼント、ブログ本届く。表紙には米寿のお祝いで集った子や孫たちの写真を載せて、、、いい記念になる。ありがとう。
ところでブログを始めた切っ掛けは17年前、パソコン操作の面白みを感じはじめていた頃、町内のK夫人のブログを拝見したことに始まる。、早速息子に教わり「差塩と趣味の世界」をアップしたのである。
いよいよ令和7年で、我がブログもとりとめの無いことを記して17年目になると言うことか。まあ、内容はともかく一日も休まず継続していることに善しとしようか。これも安穏の日々を送れる丈夫な身体をプレゼントしてくれた両親の賜物でもある。
因みに「差塩」とは我が故郷の地名である。息子からの提案で、、、