翌日は山形から仙山線というローカル電車にのって20分の「山寺」へ行く。芭蕉が「閑かさや岩にしみいる蝉の声」と詠んだ秘境である。現在は当然のことながら観光地だ。ちいさな駅につくと10人ばかりの観光客が降り、みな山寺へ向かう。私はひとり反対側の道をゆく。まずは山寺の湧き水で打ったという蕎麦屋が目的なのだ。
週末の昼にもかかわらず、他に客は一組。ちょうど今年の新蕎麦が出ていると聞き、地酒と共に一人前を注文する。1.5人前の板そばもあったが、もうだまされん。予想通り、大盛りなみの蕎麦が出てくる。これが俺好みの適度な太さ、つるつると歯ごたえも絶妙で、新蕎麦がこんなにうまいものかと感動。つゆのバランス、薬味といいスキがない。さすが評判の店、絶品の味であった。
さらに「ゲソの天麩羅」というメニューが目についた。「たこのように太くやわらかい」というただし書きがあり、酒も進んでいるので注文してみると、ホントに太く大きい。いったいどれくらいの巨大イカなんでしょね。
腹も十二分に満足し、山寺の急な山道をやや千鳥足で登らねばならぬ。食後に運動は大切だ。続けて蕎麦を食っているので、最近コレステロールが多めの私にはヘルシーかとも思う。だが参道で「ずんだアイス」をみつけ、誘惑に勝てなかった。昨日も温泉のあとで「だだちゃソフトクリーム」を食べてしまったので、結局カロリーは取りすぎの感もあろう。参拝のため、また急な山道を登る。酒とゲソと蕎麦とずんだアイスを腹に収めているので、いやそれだけではないが、足は重い。芭蕉はここが気に入って40日間逗留したといふ。わたしは日帰りなので、せわしいではないかね。
石段との格闘で膝が笑い出す参拝も終わり、帰りの電車を待つため、駅前の茶屋に入った。カウンターでコーヒーを飲んでいると、目の前をじつに旨そうなものが運ばれていった。テカテカしたまるごとのラ・フランス(どうも煮てある様子)に、アイスクリームが添えてある。昼に摂取したカロリーは、まだ十分に消費されていなかっただろうが、これを逃してはいけない。
「あのお、旨そうなラ・フランスが目の前を通過したのですが…」と店のおねいさんに尋ねてみる。すると突然彼女の眉間には深い皺が刻まれ、「もうしわけございません。あれは終りまして…」と実にすまなそうな返事をしたのであった。おねいさんがすまなくなる必要はなかろう。きっぱり「終わりました」で何も悪いことはないのである。
ないとなると、とても食べたくなるものだ。わたしの眉間にも深い皺ができ、目には涙がにじんできそうであった。こちらはそうなる立派な理由があるというものだろう。しかし、ふつうこんなところでオヤジが泣いたりはしない。大人は我慢するしかないのだ。あきらめて出てゆくとき、店の女性たちが3人がかりでラ・フランスの皮をむき始め、それを圧力釜に入れているのを見た。谷間の来訪だったわけだ…。w(゜゜)w