軍艦島は廃墟になって久しく、ほとんどの建物は崩れかかっていますので、残念ながら中心部に入ることはできません。こうやって外側から眺めるだけです。
密集した建物の中でも、もっとも大きい65号棟には、なんと340世帯が住んでいたそうです。そこは六畳と四畳半の狭い空間でしたが、住んでいる人にはそれなりに楽しい我が家だったとか。
かくゆう私も、小さい頃は四畳半と二畳(!?)、台所は立つだけ、風呂はなく、トイレは共同という、とんでもない狭いアパートになんと一家5人で住んでおりましたが、子供ですから全然狭いとは思いませんでした。四畳半は「広い部屋」と呼んでいたんですよ…(^益^;
さて、その65号棟、ベランダからはお互いの家のなかがまる見えだったとか。声も聞こえてくるわけだし、これはもうほとんど巨大なひとつの共同生活だったのです。
小さい島に大きな集合住宅が密集しているものだから、隣同士の建物は渡り廊下で接続され、階段も通路もすべて迷路のように連結され、それらがすべてひっくるめて大きな生活空間になっていたそうです。
楽しそうだけれど、思春期の青年だとちょっとつらいかもなぁ~。