さきち・のひとり旅

旅行記、旅のフォト、つれづれなるままのらくがきなどを掲載します。 古今東西どこへでも、さきち・の気ままなぶらり旅。

無言館 17

2016年01月31日 | 関東甲信越



塩田平もしばらく南に歩くと平野を抜けて、山の方に入ってきます。この先には
「無言館」があるのです。



山の上にありました。

無言館? それは第二次大戦で戦死した画学生の作品を展示する美術館なのです。



建物は十字架の形をしており、まるで暗い教会のよう。
内部は撮影禁止ですので、様子をお伝えしましょう。

まずは普通の美術館のように、壁にずらりと絵が飾ってあります。美術を専攻した
学生さんたちの絵ですから、特に「~展」といったように特定のコンセプトがある
作品群ではないですし、またひとりの画家の作品を並べたわけでもないのです。
ただ、絵を学んでいて戦死した若者たちの作品を並べているのです。。。

最初の絵を見ます。普通の学生が描いた肖像画です。下に説明書きがあり、
「美術学校に入って召集令状を受け取り、○×で戦死。享年○×歳」などと簡単な
プロフィールが書かれています。

次々に見ていくと、絵は風景画だったり肖像画だったり。それが説明書きを見ると
ほとんどが20代。中には美術学校に入って1週間で招集された若者もいる。
恋人の裸体画を描いて、「帰ってきたらきっと完成させる」と言葉を残したと
書いてあったり、両親や妹の肖像画を描いていたり。

こりゃ「無言」になるし、泣けてくるw(T益T)w

死因を見ると、乗っていた船が沈められたり、撃たれたりというのもありますが、
意外と戦地での病死が多い。場所は中国北東部だったり南アジアの島だったり。
おそらくはまともな食事も出来ず、衛生状態もひどかったのでしょう。そして
人殺しを強要され、故郷の人々を思いながら若くして殺された(病死もほとんど
殺されたうちに入るでしょう)。

中央にはガラスの展示ケースがあり、そこには使っていた画材、戦地とやりとりを
した手紙などの遺留品が並んでいました。これもリアルすぎて見ていて苦しくなる。

「無言」で強烈に訴えてくるメッセージを、「無言」で受けとめる美術館でした。



外に出ると平和な田舎の空気。無言館を出たあとは、しばらく圧倒された精神的
ダメージから回復できませんでした。

相思相愛だったはずの恋人を失い、永遠に続くはずと思い込んでいた幸せが
ある日突然に失われてしまうような経験、満ち足りた人生を送っていたら、不治の
病を宣告されて自分の寿命がつきかかっていることを知らされる瞬間。そんなこと
人生には誰にでもありがちなものなのですが、それは避けようもありません。

しかし、前途有望な若者たちが人殺しに参加することを(おそらくは暴走老人たちに)
強要されて、あれよあれよという間に思いもよらなかった修羅場に放り込まれて
しまう。これも歴史上何度もあったことなのですが、何度「もうやめよう」と反省
しても、しばらくするとまた逆戻り。しかしなんとか努力して避けることはできる
かもしれません。とても難しいことなのかもしれませんが。