足利のマンホールは、いま見た足利学校の門。
駅から西に歩くと、旧繁華街があるはずなのですが、行ってみるとこのように工事中で
更地が広がっていました。函館や宇都宮を思い出す。早く見て回らないと、どんどん
昭和が消滅してゆきますね。
奥のほうに進んでゆくと、劇場通りの看板が残っていました。
おおお、この焼鳥屋さんは生きてるな。しかしまわりがなくなって孤立無援状態だ。
「劇場通り」とは、映画館があったからでしょう。むかしのテアトル東京とか新宿
ミラノ座なんてのは、コンサートホールのような造りでしたからねえ。
「明るく楽しい」って、「暗くて悲しい」映画はやらんのかいっ。まさか映画館は
不良なんかが行くところ、なんてのが意識されてた時代だったとか?
こういう階段を上るときはワクワクしたんでしょうなあ。
階段の裏はこんなふうになっていました。。。
このあたりは建て直しが進んでいるようです。真ん中奥の家はツタ?にすべて覆われて
しまいましたー。すごいぞ植物。
薬局やたばこ屋さんも定年を迎えたようです。
ようやく喫茶店を発見したので、灼熱の外から避難。足利は「美人の国」なのかー。
しかし人も少なきゃ女性なんかほとんど見ないぞ。
冷たくしたコーヒーはまず飲まない私なんですが、さすがにこのときは冷たいのを注文。
初老の女性がひとりでやっていて、空間が広くてのんびりした店です。お客さんも
年配の人ばかり。地元の憩いの場所となっているようです。
「パフエ」って、うちのお母ちゃんが言ってた発音です。「フアンタ」とかも言って
ました。一緒にこの看板を発見したら、喜んだかな?
うっ。見てはいけない裏側だった。。。隣が空き地になっていなければバレなかった
のになあ。
さてさてホテルにチェックイン。とにかく水を浴びたい。シャツなんかは汗を吸って
重たくなっています。全部脱いで冷たい水をバシャー!っと浴びられるなんて、なんて
贅沢なことでしょうかー。
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