ちょうど二年めの春であります。お花の姉が、病気にかかったので、お花は、田舎へ帰ることになりました。もう、そのころは、彼女は、東京のほうが、田舎よりもよかったので、帰るのをいやがりました。
「また都合がついて、出てこられるようになったらおいで。」と、家の人々は、お花の帰るのを惜しんだのでした。
彼女は、ふたたび田舎の人となってしまった。その後、たよりがありません。東京の夏の空に赤い雲が、旗のようにただよって見えると、
「お花のえり巻きのような雲だね。」と、坊ちゃんがたは、空を仰いでいいました。
「ほんとうに、とんびがさらっていって、捨てていったのかもしれないよ。」
赤いえり巻きのような雲は、高い煙突の上に、また光った塔の上に、風に吹かれて、ただよっていましたが、また、いつのまにか消えてしまいました。
こうして、今年の夏も、暮れてゆくのでした。そして、北の方の田舎には、もう秋がきたのです。木枯らしが、海の上を吹き、野を吹き、林を吹きました。その時分になると、真っ赤ないすかが、どこからか飛んできて、木の枝にとまって鳴いたのです。
もし、これをお花が、圃に出て見たなら、かならず、自分のなくなった赤いえり巻きを思い出し、東京の坊ちゃんたちのことを思い出したでありましょう。
――小川未明「赤いえり巻き」