伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

マスコミが伝えない裁判員制度の真相

2015-07-04 20:34:06 | 人文・社会科学系
 裁判員制度の廃止を求める立場の弁護士が、裁判員制度実施6年間に報道された事実を元に、裁判員制度の弊害を解説した本。
 裁判員の「出頭率」(法律上、裁判官と書記官は「列席」、検察官は「出席」、裁判員、弁護人、被告人は「出頭」です。法律を作っている人たち=国会議員・官僚の意識/認識はそういうことです)として裁判所が発表しマスコミが無批判に報じている8割という数字は、選定された裁判員候補者中の呼出に応じた者の割合ではなく、出頭したくないという回答をして裁判所から辞退を認められた人を除いた中で呼出に応じた人の割合なのだそうです(42~44ページ)。本来の意味での出頭率は3割台や3割を切るという状態だとか(44ページ)。辞退が幅広く認められると、裁判員は、裁判員をやってみたいと思う人が中心となり、国民から無作為抽出するという本来の制度と異なるかなりバイアスのかかった制度になってしまいます。
 私自身、裁判員制度実施前の段階で、裁判官によって「選任」された(裁判官が解任もできる)裁判員が、公判前整理手続で裁判員が見ることができない多数の証拠も見ている裁判官と事実認定(有罪・無罪の判断)で対等に議論することができるのか、結局は、事実認定は裁判官の言いなりで有罪率は下がらず、量刑を重くする方向でだけ裁判員の意見が「国民の意見」として重んじられて、ただ量刑が重くなるだけではないかという疑問を呈していました。この本では、それらの懸念が現実化していることに加えて、裁判員がお客様扱いされマスコミからも批判されず絶賛されることで増長する様子や裁判員のために公判審理が儀式化して無内容化していることが語られています。
 刑事弁護をする立場からは(私も何年か前までは相当程度刑事弁護をしていましたから)、著者の意見はよくわかるのですが、他方で、国家権力と対峙して一民間人の弁護人が被告人の権利を守るということの大変さ、立場の弱さを意識し強調するあまりに、刑事弁護至上主義とも言うべき感覚で、被害者参加制度も裁判員ももちろんマスコミも邪魔者だという論調で論じることには、一般読者は、特に後半になるほど違和感を持つのではないかと思います。
 「マスコミが伝えない裁判員制度の真相」というタイトルについても、この本自体が基本的にすべてマスコミ報道された事実を前提に論じているのですから、マスコミが事実を伝えていないのではなく、批判しない点を問題にしているわけで、やや違和感を持ちました。


猪野亨、立松彰、新穂正俊 花伝社 2015年3月20日発行
コメント
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