伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業

2015-10-02 23:41:28 | 人文・社会科学系
 生活習慣病の予防、パブリックヘルス(みんなが健康でいられる社会をつくる:22ページ)の観点から、先進国で平均寿命が最低クラスのアメリカで研究を進める著者が、平均寿命がトップクラスの日本を見て、絆社会が日本人の長寿に貢献していることを指摘しつつ、近年の日本での格差の拡大が人々の絆を弱め平均寿命を今後押し下げるのではないかとの危惧を示した本。
 研究の結果、「人々の絆」や「隔たりのない社会」といったものが日本人の長寿に貢献してきたことがわかりました(5ページ)とされ、2011年の平均寿命調査で日本が男女ともに順位を下げたことについて「非正規労働者の増加などによる格差の広がりとともに、人と人との絆が薄くなり、日本の持つ素晴らしい側面が失われつつあると感じています。生活習慣病など、病気の改善を個人の努力だけに追い求めてしまう社会は格差をより大きくしてしまうのです。このような変化は、日本人の健康に確実に影響を及ぼします」(5~6ページ)という指摘は、大切なことだと思います。
 また、著者は、「周りの人たちと楽しみながら交流できる場合は健康によい影響を与えます。一方で(略)つながることが負担になってしまう場合、例えば、個人がつながることで責任を重く感じたり、そこでの人間関係がうまくいかない場合などは、逆に健康に悪い影響を与えてしまうのです」(150ページ)、「パブリックヘルスの取り組みとして人とのつながりを人工的につくり、健康状態をよくしようとしても、あまり期待するような結果が出ないことが続きました」(151ページ)とも指摘しています。
 他方、人々の絆が健康に与える影響についての調査としては、2003年に愛知県で65歳以上の男女1万3000人に行った近所の人たちを信頼するか否かの聞き取り調査とその4年後の対象者の要介護状態の有無の相関と、内容は必ずしも書かれていない日本全国206の地域を対象に行った調査が挙げられ(15ページ)、所得格差が大きい地域は死亡率が高いことの実証としてはアメリカの各州の所得格差(ジニ係数)と死亡率の相関が挙げられています(57ページ)。いずれも日本国内、アメリカ国内の地域比較で、絆と平均寿命、格差社会と平均寿命の関係が「わかった」とするにはなお弱いように思えます。「アメリカにおける自殺・他殺・事故で亡くなる可能性を見てみると、人とのつながりが薄い人-つまり、結婚していなかったり、親族がいなかったり、教会に通っていなかったりすると、死亡リスクが2倍以上になることがわかっています。また、心臓疾患になる可能性も、社会とのつながりが弱くなればなるほど高まることが明らかになっています」ともされています(131ページ)が、これも親族の有無と社会の絆を同視する前提で、そう結論づけてよいのか気になります。理論的な検討や、個別的事例の解釈説明もなされていますが、実証部分がもやっとしているので、読後感としてもぼやけてしまいます。大切な指摘ですので、さらに研究が進むといいのですが。


イチロー・カワチ 小学館新書 2013年8月5日発行

 
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