伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

集合住宅 二〇世紀のユートピア

2016-09-04 19:45:07 | 人文・社会科学系
 20世紀前半、特に1920年代から30年代にヨーロッパで建築された労働者の住環境改善を目指して建築された集合住宅の歴史と現状を論じた本。
 まえがきで示される著者の問題意識では、これまで否定的に捉えられてきた「夢想家」の資本家や官僚、社会運動家による「施し」の「空想的社会主義」を再評価し、20世紀前半に厳しい状況に置かれていた労働者の住環境を改善するために資本家、政治家、官僚、建築家が実現した集合住宅建設の計画とその実現の経緯を再評価することが執筆の動機であり、そのことは公共の後退が進み格差が拡大している今こそ重要だとされています。
 第一次世界大戦の終戦とロシア革命を受けてヨーロッパ各地で労働者の運動・勢力が高揚し、それがナチスの席捲の下で弾圧され消失するまでの間、資本家・政治家側でも労働者の住環境改善の対応をせざるを得ず、また理想に燃えて、多数の集合住宅が建設された経緯を、ドイツ、オーストリア、オランダ、フランス、イギリスの例を挙げて紹介しています。特に「赤いウィーン」と称されるオーストリアでの「カール・マルクス・ホフ」とそれを担った建築家たち、家事軽減のためのシステム・キッチンの設計に情熱を注いだ建築家リホツキーらに対する著者の熱い思いが表れています。もっとも、具体的な記述では、著者の目は、建物自体と中庭や階段・回廊などの設計や完成度、装飾の美しさなどの方に向いている感じがしますが。
 これらの、当時は労働者の住環境改善の理想に燃えて建築された集合住宅が、その後移民等の受入に使われ地域環境が悪化し周辺住民との摩擦が生じるようになっていく経緯も紹介されています。オランダの労働者向け集合住宅「アムステルダム南」にナチスの弾圧を避けて入国したユダヤ人が多く住み、アンネ・フランクも住んでいたが、民族的な感情の齟齬から密告されたなどの指摘があり、考えさせられます。
 冒頭とラストに、日本の軍艦島の超密集状態で建築された社宅群と同潤会アパートを配し、ヨーロッパの1920年代に建築された労働者向けの集合住宅が今も現役で使用されているのに対し、軍艦島は廃墟となり同潤会アパートはすべて取り壊されていることが指摘されています。


松葉一清 ちくま新書 2016年8月10日発行
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