伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

気候崩壊 次世代とともに考える

2021-09-18 00:57:30 | 人文・社会科学系
 法哲学、政治哲学を専門とする学者である著者が、渋谷教育学園渋谷中学高等学校で行った、「気候崩壊」と「気候正義論」の授業とフィードバックミーティングを出版したブックレット。
 「気候崩壊」に関する1回目の授業で、著者は、現在の気候変動(温暖化)が人為的原因によることについて世界中の気候学者の見解が一致していることを強調しています。著者は、気温上昇によって、プラスの影響を大きく上回るマイナスの影響が生じると繰り返していますが、具体的なプラスマイナスの検討は見られません。著者には自明のことなのかも知れませんが、根拠や理論で説得するのが学者の仕事なんじゃないでしょうか。そこを漠とした世界中の気候学者が言っているというある意味で権威主義的な説得(偉い人が言っているから真実だ)で中高生くらい抑え込めると考えているのなら、学者としての姿勢を問われると思うのですが。
 世界30か国の調査で「気候学者の言うことを信じますか」という質問に肯定的な回答者が日本では25%でロシアに次いで下から2番目というのを著者は、「気候変動をふくめて科学的知識がインターネットで簡単に手に入るこの時代に、日本では、4人に1人しか、科学を信じていないわけです。」(25ページ)と評しています。著者にとっては気候科学者の意見=科学なんですね。
 その著者が、「保守派シンクタンクと結びついて否定論を主張している自称『専門家』の多くは、そもそも気候科学の博士号をもっていないのだそうです。皆さんも、日本の自称『専門家』による否定論を見かけたら、ぜひその人の学位を確認してみてください。」(30ページ)と述べています。法学博士の学位を持っておられる著者にこう言われて、聞いている中高生は著者の気候崩壊をめぐる見解を素直に信じるのでしょうか。
 さらに疑問に思えるのは、2回目の、著者の専門の気候正義論の授業です。著者は将来世代の権利も、排出者の責任も、現在(これまで)の排出がなければ(産業政策が変われば/違っていれば)将来世代は生まれてこないとか現在の我々は生まれていない、生まれないよりは環境が悪くても生まれた方がましだなどという「非同一性問題」という屁理屈(典型的な学者さんの自己満足ですね)をこねくり回して否定し(45~50ページ。聞いていた中高生からも屁理屈だと指摘されています:67~68ページ)、先進的な企業の取り組みを賛美しています(52~54ページ)。気候崩壊は深刻な問題で、日本人の認識は甘すぎると叱咤する著者は、結局はその問題を権利や責任の問題ではなく企業のビジネスチャンスくらいにしか考えていないのでしょうか。
 最終的に、結論を明示するのではなく、考えて行動するというようなところに置いていることは、授業としてはよかったのだと思いますが、より適切な授業を出版した方がいいと思いました。


宇佐美誠 岩波ブックレット 2021年6月4日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする