昨日はカンボジアのお母さんの百ヶ日で埼玉県小川町へ。
お母さんの親戚や知人30人ほどが集まって、カンボジアの手料理を持ち寄り盛大な供養となりました。
33年前難民キャンプで出会ったお母さん。以来親戚としてお付き合いしてきました。
今はお父さんのお骨と一緒に宿用院に預かっています。
日本の戒名をつけ、位牌を作り、日本式の法要で100日を勤めました。
異国の地で暮らしているだけに、同じ国出身の意識が強いのだと思います。親戚から知り合いへとつながり、遠くからみんな集まってくれました。
カンボジアの言葉でしゃべり、民族の料理を食べ、国の血をつないでいきます。
国は大地だけでなく、それぞれの誇りの中に生き続けていくのだと思います。
本当はカンボジアのお坊さんに供養してもらいたのかもしれませんが、ここの家族は特別です。
そして、日本には正式なカンボジアのお坊さんがいません。
朝の托鉢のないこの国では、お坊さんがお坊さんとして生きていくのが難しいのです。
でも考えてみれば、33年という年数は、人生の半分以上にも及ぶわけで、自分の血肉にも少なからず影響を及ぼしているでしょう。
お父さんとお母さんは亡くなってしまいましたが、弟と妹が二人日本にいます。これからも家族親戚としてつきあっていきます。