なあむ

やどかり和尚の考えたこと

三ちゃんのサンデーサンサンラジオ77

2016年10月16日 05時03分18秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

おはようございます。
10月16日、今日は糸魚川からお送りします。
11日月曜日に新潟県上越地方に入り、上越市内4ヶ寺と柏崎市を回り、今日、糸魚川のお寺で最後のお勤めを終えて最上に帰ります。
今回の巡回は見所の多い地でした。
山荘京ヶ岳は山の頂にある宿で、上越平野から日本海まで見渡せました。
金谷山は、日本スキー発祥の地で、スキーを広めたレルヒ少佐の立派な銅像が立っていました。ちょうど日の出の時間で、きれいな朝焼けを見ることができました。
また、その麓には、戊辰戦争で戦死した長州の人々の墓地がありました。
一帯の地図には会津藩墓地もあったので、そちらもお参りしなければと探しましたがなかなか見つからず、だいぶ歩いてようやくたどり着きました。
戊辰戦争で負けた会津軍兵士が、高田藩の預かりとなり、寺院に監禁されている間に亡くなった30数名の墓でした。
幕末から明治の動乱の中で、長州から、あるいは会津から、ここまでやって来て、故郷を思いながら死んでいった若者たち。
戦さとはそういうものだと言えばそれまでですが、「戦」というひとくくりの中に、一人一人の人生があり、その人の家族の人生がありました。
誰とも比べることのできない、かけがえのない人生です。無名であるから価値が低い訳ではありません。
勝った官軍の兵士が英霊で、負けた賊軍の兵士の霊が粗末に扱われるのは悲しい。そう思います。
ここ、旧高田藩では、長州藩ばかりでなく、会津藩の兵士の墓を祀って供養していました。どちらの墓にも手を合わせました。

句が浮かんできました。

虫すだく 会津長州 戊辰塚

似合わず、俳句など浮かんできたのは、金谷山に芭蕉の句碑があったのと、今回のお伴に持参したのが、俳人黛まどかの「ふくしま賛歌」だったせいです。
ついでに、宿に泳いでいた錦鯉を聞くと小千谷の鯉だとのことで、そこから一句浮かびました。

赤もみぢ 千々に乱れて 小千谷鯉

立派な鯉ばかりで、赤い斑点がもみぢが散っているように見えました。小千谷縮と恋心にもかけてみました。
さらに、昨日の教場に、永平寺でお世話になった老師が訪ねて来てくれました。お土産にいただいたのが何と句集でした!そう、老師は句を詠まれる方でした。

昨日の夜は十五夜でもありましたね。
ということで、秋の文芸に浸りながら上越を巡回させていただきました。


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。