なあむ

やどかり和尚の考えたこと

三ちゃんのサンデーサンサンラジオ91

2017年01月22日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

今日は1月22日です。


季節にもよりますが、今頃の午前4時はまだ真っ暗です。
この午前4時。朝なのか夜なのかは、その人の生活スタイルによって違ってくるでしょうね。
また、季節によっても違うかもしれません。
朝方の人、つまり、夜は9時か10時には寝て、朝5時か6時には起きる人にとっては、当然午前4時はちょっと早い朝、になるでしょう。最近の私はこちらです。
一方夜型の人、11時前には寝ない、あるいは完全に夜に働いている人にとっては、午前4時はまだ真夜中、少なくても夜ということになりますよね。
そう、朝か夜かさえも、その人の生活状況によって概念が違います。
雪が降って困る人と、降らなくて困る人がいます。
円が安くなって喜ぶ人もいれば高くて喜ぶ人もいます。
稀勢の里が勝って喜ぶ人の陰には、かならず負けて肩を落とす人がいるはずです。
見る方向によって、景色は全く逆の見え方をするものなので、一概に善し悪しを決めつけない方がいいのだと思います。

大相撲は、日本人の横綱を待ち望む空気で充満していますが、それは私もその通りなのですが、「なんかなあ」という感じも否めません。
先日国技館で初場所を観戦してきました。
テレビ観戦と違うのは、国技館場内の歓声とか一体感のようなものでしょう。
贔屓の力士を応援する掛け声が各所から飛ぶのですが、気になるのは、日本人力士が勝ったときの拍手歓声と、日本人力士が負けて外国人力士が勝ったときのがっかりしたため息の差ですね。
分かります。私も日本人ですから、内心同じ感情をもっていることは否定しません。
しかし、大相撲の品格というようなものは、たとえ勝っても負けた相手のことを慮り、派手なアクションをしたり笑い顔を見せたりしないという紳士な態度をもって良しとするところがあります。
だとするならば、日本人が勝とうが外国人が勝とうが、あからさまに喜んだりがっかりしたりしない観客の礼儀も合わせて大相撲の一部とすべきだと思うのです。

しかし、それもこれも日本人力士が弱く、モンゴルをはじめとする外国人力士が強いので、そのフラストレーションが溜まっているということも原因の一つと考えられます。
まずは、稀勢の里に優勝してもらって横綱にもなってもらって、溜飲を下げて落ち着いて、公平に見られるようになることが必要なのかもしれませんね。
まあ、今日の千秋楽、白鵬に勝ってようやく横綱の声が上がってくるというのが本来でしょう。横綱二人と大関一人が休場の中で優勝してもどれだけの成績なのか、というのが本当だと思います。
昨日の段階で横綱審議員から「白鵬に負けても(横綱にしても)いい」というような甘い言葉も出たようです。
甘いです。過去に双羽黒という一度も優勝していない力士を、世間の待望論で横綱にして、結局品格がなくすぐに引退してしまった苦い経験もあります。
待望論は分かりますが、ここは厳しく毅然とした判断があってしかるべきだと、私は思います。

何はともあれ、近年朝方の私は、朝のお勤めの後、四股を踏むのがルーティーンとなっています。
股関節を開き、足腰を鍛えるのにはもってこいのエクササイズです。
併せて蹲踞も行っているのですが、これがまた、坐禅の姿勢に似ていいのですよ。
いいなあ、大相撲。ごっちゃんです!


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。