三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第271回。7月12日、日曜日。
まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
6日月曜日、鶴楯調査
9日木曜日、シャンティ、オンライン会議
10日金曜日、最上で地酒を造ろう会
11日土曜日、河北町環境を考える会、三浦秀一先生セミナー懇親会
というような1週間でした。
九州方面の水害は広範囲にわたり、なかなか実態が見えてきません。
家を失った人、再建をあきらめた人、泥を洗って何とか住めるようにしようとしている人、不安を抱えて避難している人、家族を失った人、仕事を失った人、様々な苦しみを想像します。
シャンティも支援の方法を探っていますが、コロナの影響もありこれまで同様には事が運べません。
関東方面から感染の不安を持ち込まないために、事前にPCR検査を受けることを検討しましたが、症状がない状態で国内移動の場合は完全自己負担のようで、その金額が一人4~5万円かかるということも判明しました。
何ができるのかは現場で見て感じることなので何とかスタッフを派遣したいと検討しています。
大切な人が亡くなりました。
しばらく放心状態です。
河北町環境を考える会の代表、副代表の間柄で20年。
毎月の例会、年に一度の総会、講演会、キャンドルナイトの開催、忘年会などなど、当たり前に顔を合わせてきました。
会おうと思えばいつでも会える人でした。
永平寺、恐山、京都、福島など何度か旅行にも一緒に行きました。
中越地震、東日本など被災地の炊き出しも行きました、
共に考え、共に行動し、共に笑い、共に泣き、共に夢を語ってきました。
人の苦しみを放っておけない人でした。
できることを考えすぐ行動する人でした。
ミャンマー難民キャンプのスタディツアーにも参加しました。タイの空港閉鎖で何日か帰国できませんでした。
いち早く病院の屋根にソーラーパネルを設置し、電気自動車に切り替えました。
病院の患者さんたちの名義で定期的にシャンティに募金を送ってくれました。
子どもの食事の現状を知るといてもたってもいられず子ども食堂開設に向けて走り出しました。
あなたに誘われ引っ張られて行動を起こした人がどれほどいたでしょうか。
人をその気にさせ動かす魅力がありました。
1か月前にいつもの薬をもらいに病院に行くと先生が「顔を見ていく?」と声をかけてくれました。
病気が見つかって治療が始まってからはじめての面会でした。
「手を握りたいけどコロナだからダメだね」と言うと「そんなこと言わないで~」と手を握って語りました。
ようやく治療方法が見つかって快方に向かうものだと信じていました。
まさかこんなに早くお別れするとは。
あなたの太陽のような笑顔は周りの人を暖かく明るくしてくれました。
子どものように純粋で嘘のない心は周りの人を爽やかにしてくれました。
私の人生においてとても大きな存在でした。
もう少し一緒に歩いていきたかった。
もう少しあなたの笑顔が見たかった。
まさかあなたが死ぬなんて。
昨日は予定していた通り講演会を開催し、開会前に読経焼香をしました。
終わって懇親会では思い出を語り合いました。
あなたは本当に多くの人から慕われていましたよ。
あなたの写真を探しましたがどうしても見つかりませんでした。改めて撮る必要のない人でした。
あなたが病院の庭に育てた薔薇は雨にたわんで滴をこぼしています。
明日葬儀です。
お寺の周りでアジサイが盛りを迎え、蓮も咲き始めました。
アジサイは隣の齋藤さんがお寺の境に植えてくれたもの、蓮は立小路のおやじたちが墓の隣の田んぼに植えたもの。いずれも誰かのために咲かせてくれたものです。
花はもともと、自らが生きるためよりも、誰かを喜ばせる布施行で咲いているのかもしれません。
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
6日月曜日、鶴楯調査
9日木曜日、シャンティ、オンライン会議
10日金曜日、最上で地酒を造ろう会
11日土曜日、河北町環境を考える会、三浦秀一先生セミナー懇親会
というような1週間でした。
九州方面の水害は広範囲にわたり、なかなか実態が見えてきません。
家を失った人、再建をあきらめた人、泥を洗って何とか住めるようにしようとしている人、不安を抱えて避難している人、家族を失った人、仕事を失った人、様々な苦しみを想像します。
シャンティも支援の方法を探っていますが、コロナの影響もありこれまで同様には事が運べません。
関東方面から感染の不安を持ち込まないために、事前にPCR検査を受けることを検討しましたが、症状がない状態で国内移動の場合は完全自己負担のようで、その金額が一人4~5万円かかるということも判明しました。
何ができるのかは現場で見て感じることなので何とかスタッフを派遣したいと検討しています。
大切な人が亡くなりました。
しばらく放心状態です。
河北町環境を考える会の代表、副代表の間柄で20年。
毎月の例会、年に一度の総会、講演会、キャンドルナイトの開催、忘年会などなど、当たり前に顔を合わせてきました。
会おうと思えばいつでも会える人でした。
永平寺、恐山、京都、福島など何度か旅行にも一緒に行きました。
中越地震、東日本など被災地の炊き出しも行きました、
共に考え、共に行動し、共に笑い、共に泣き、共に夢を語ってきました。
人の苦しみを放っておけない人でした。
できることを考えすぐ行動する人でした。
ミャンマー難民キャンプのスタディツアーにも参加しました。タイの空港閉鎖で何日か帰国できませんでした。
いち早く病院の屋根にソーラーパネルを設置し、電気自動車に切り替えました。
病院の患者さんたちの名義で定期的にシャンティに募金を送ってくれました。
子どもの食事の現状を知るといてもたってもいられず子ども食堂開設に向けて走り出しました。
あなたに誘われ引っ張られて行動を起こした人がどれほどいたでしょうか。
人をその気にさせ動かす魅力がありました。
1か月前にいつもの薬をもらいに病院に行くと先生が「顔を見ていく?」と声をかけてくれました。
病気が見つかって治療が始まってからはじめての面会でした。
「手を握りたいけどコロナだからダメだね」と言うと「そんなこと言わないで~」と手を握って語りました。
ようやく治療方法が見つかって快方に向かうものだと信じていました。
まさかこんなに早くお別れするとは。
あなたの太陽のような笑顔は周りの人を暖かく明るくしてくれました。
子どものように純粋で嘘のない心は周りの人を爽やかにしてくれました。
私の人生においてとても大きな存在でした。
もう少し一緒に歩いていきたかった。
もう少しあなたの笑顔が見たかった。
まさかあなたが死ぬなんて。
昨日は予定していた通り講演会を開催し、開会前に読経焼香をしました。
終わって懇親会では思い出を語り合いました。
あなたは本当に多くの人から慕われていましたよ。
あなたの写真を探しましたがどうしても見つかりませんでした。改めて撮る必要のない人でした。
あなたが病院の庭に育てた薔薇は雨にたわんで滴をこぼしています。
明日葬儀です。
お寺の周りでアジサイが盛りを迎え、蓮も咲き始めました。
アジサイは隣の齋藤さんがお寺の境に植えてくれたもの、蓮は立小路のおやじたちが墓の隣の田んぼに植えたもの。いずれも誰かのために咲かせてくれたものです。
花はもともと、自らが生きるためよりも、誰かを喜ばせる布施行で咲いているのかもしれません。
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。