≪「サマルカンド」の観光≫
朝起きて外に出て見ると凄く涼しい。15℃程度しかないように感じた。
予報では最高気温も28℃だという。昨日までより10℃近くも低い訳で、ホッとした。
「サマルカンド」は「青の都」「イスラム世界の宝石」「東方の真珠」などと呼ばれ、古くからシルクロードの中心的な都だった街だ。この街の発展を古くから支えて来たのは「ソグド人」で、商才と工芸技術を得意としていたという。
1220年にモンゴル軍の攻撃を受けた際は、全人口の3/4が殺害され、街は廃墟同然になった。その街を蘇らせ、イスラム世界の有名な地にしたのが「ティムール」だったという。
①「ビビハニム・モスク」
サッカー場程の敷地に大モスクと2つの小モスクがある。1399年、インド遠征から帰った「ティムール」が着工し、1404年に完成した。
②「ショブ・バザール」自由散策
③「レギスタン広場」
13世紀初めに来襲したモンゴルのチンギス・ハーンが町を破壊したことで、新たに「サマルカンド」の商業の中心地となった場所だ。主要な道路の交差点にあるため、公共の広場ともなり、謁見式や罪人の公開処刑場にもなったという。
やがてコの字状に3つのメドレセが建てられた。道路の側の展望台から3つのメドレセを見ることができた。
東に立つ1636年にできた「シェルドル・メドレセ」は、向かい側に立つ「ウルグベク・メドレセ」を模倣したといわれ、イスラム教の偶像崇拝否定に反して、門の上部に小鹿を追うライオンが描かれていた。
休憩していた夫人達や見学に来ていた女性の写真を写させて貰った。高齢のグループの女性達の容貌は、日本の高齢女性ととても似ていた。私達日本人のルーツと関係するのではと思った。
④「グリ・アミール廟」
「支配者の墓」の意味が名前のこの廟には、「ティムール」とその息子達が眠っていた。
内部の装飾には金が張られているなど、豪華な感じだった。
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