穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

村上春樹ノーベル文学賞を逸す

2015-10-08 21:56:50 | 村上春樹

皆様すでにご案内のところでありますが、今年も授賞しませんでしたね。大体候補には入っていたのかな。ブックメーカーは勝手にオッズを作るのでしょう。芥川賞ではあるまいし、ノーベル賞委員会は候補作を絞って(大体そういうことをしているのかどうか)、その候補作を事前に公表しているのですか。 

マスコミが事前にワイワイ騒ぐのはかまわないが、その辺の周辺事情も併せて報道すべきじゃないかな。

もし、授賞したらどうなるだろうかと予想を楽しんでいたことがあります(結局授賞しなかったから関係なくなったが)。第一に安倍首相がお祝いの電話をかけるのか、かけるところをマスコミに撮らせるのか。これが一つ。

第二に村上氏が首相の電話をマスコミのカメラの前で受けるのか。大体いま彼はどこにいるのかな。芥川賞の発表前にはファンと一緒に候補者が写っているがね。

かれは生活の本拠地が海外らしい(これも例の「職業としての小説家」から仕入れた知識です)から、それを理由にしてマスコミの前に姿を現さないでしょう。

この辺がどうなるか、興味があったんですが、授賞が前提ですからね。

彼が授賞したら、ノーベル賞委員会はどういう理由を付けるかな、これを考えるのも一つの楽しみというか暇つぶしです。百年前にはさかのぼらずともここ十年くらいの授賞理由を読めば大体分かるでしょう。それで村上春樹の場合のコピーを作ってみるのですよ。おそろしく難しいのではないか、と思います。

 


職業小説家のお手入れ(エステ)法

2015-10-08 08:02:28 | 村上春樹

職業としての小説家(村上春樹)の7回目です。初回だったかに述べた様に「職業としての」小説家というタイトルがこの本の芯柱です。つまり長い間多産的な活動を行って行くためには、というtipsを村上春樹流に述べている。 

彼が繰り返し、述べているようだが肉体の維持(そうして出来売れば強化)が重要である、職業的小説家には。さして異論のあるところではあるまい。

彼の場合は毎日走るという日課である。この章は作家稼業の倫理学であり、心構えを説く章である。

この章だけでなく、何回も彼は意識の底に降りて行くということを語る。これが最終章にある心理学者河合隼雄との付き合いにもなるのであろう。上るか下りるか二つの道がある。宗教の道は大体上るのである。あるいは中世的な精神世界では。

つまり天上界、星空、アストラル界への上昇が精神生活の目標である。村上氏は地中深く潜るのである。彼の好きなイメージに井戸があるのもそのためだろう。地下深くでは他人の意識(国民、世界の意識)は未分化で一つのプールになっている。ここまでいくとユングの集合的無意識だな。

ここをヒットすれば、大衆の心を掴む。要するに意識の底では人類皆兄弟である。つまり読者の大いなる共感を呼ぶというのだろう。彼の、洋の東西の読者の声を聞くと、どうもそういうことがあって、村上氏の作品は非常に共感を呼ぶらしい。

つまり巨大なマーケットを得た(ベストセラー作家となった)という事なのだろう。

さて、上るがいいか、潜るがいいか、それが問題である。さて、今夜の発表がどうなりますか。興味がありますね。